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閑話 シーザードレッシング最強説だ。

 シャワーを浴びている最中に俺は気づいてしまった。眠りこけている間に圭人が左岸からエビを受け取ったり今日の連絡事項を誰かしらから聞いたということに。    今までなかったことだ。    圭人に手錠をはめて玄関に出るのは俺であり各部屋に設置してある連絡用の内線に出るのも俺だった。出来るなら俺は圭人に誰とも会話して欲しくない。圭人の声は俺に向けて欲しい。俺だけにして欲しい。実際に一年間生活して問題は出てこなかった。俺越しに世界に触れている圭人。圭人と直接コミュニケーションをとるのは俺だけ。頭がおかしいと軽く言われることもあるけれど圭人と出会った瞬間から恋の病に侵されて俺が正常な時なんかない。  いいや、今までがおかしくて、圭人が傍にいる今が、正常なのかもしれない。  眠りが浅いとはいっても、以前と違って今はきちんと毎日寝ている。以前は、寝不足で怠くて食事を怠ることもあった。今は圭人と一緒のイチャイチャタイムである日に三回の食事は楽しみの一つだ。欠かせない。  そのおかげか栄養状態もよくなっていて肌は自慢できる。一緒にお風呂に入ると圭人が「食べているものがいいからか毛並いいよな」と髪の毛を洗ってくれる幸せ。髪艶を褒められることはあまりないので単純に嬉しい。足の指と指の間を洗ってくれる圭人の指先に欲情しまくったりもする。お風呂エッチは逆上せるからやり過ぎは禁止だ。風邪をひいた圭人はいつも以上に素っ気なくて、冷たい。風邪をうつさないためだとしても切なくて嫌だ。     圭人と離れたら生きていけない。でも俺が手を離したり身を引いた瞬間に圭人はどこかに行ってしまう気がする。振り返ることもなく去って行く予感。だから、くっついていないと不安で堪らない。   「離れたくない~」    タオルを肩にかけた状態で調理中の圭人に抱きつく。火を使っている時の接触は嫌がられる最上級のものだけれど俺は居ても立っても居られない。身体をきちんと拭くこともなく浴室からやってきたので床は水浸しだ。服が邪魔だと思いながら自分の水気が圭人を侵食していって気分がよくなる。   「……オレ、昼食べたら外に行くつもりだったんだけど。許可も貰ってる」    湿ったシャツに圭人が微妙な顔をした。エプロンがあるのに使わなかったらしい。油が白いシャツにはねている。もっと油まみれになったらシャツが透けて圭人の乳首が見えるかもしれない。それはよくない。シャツの下に手を入れるとすぐに肌に触れられるのはいいけれど透け乳首を周りに見せることを考えればアンダーシャツは必要だ。    白いシャツの下に広がる魅惑の肢体を想像しながら俺は圭人のシャツにかぶりつく。フライパンから聞こえるパチパチという油の弾ける音と服越しに感じる圭人の心臓の音。呼吸のたびに動く胸元は舐めてと誘ってる。あふれる唾液を塗りたくって舌で擦り上げればシャツに透けて見えるピンク色の蕾。少し陥没気味なので優しく撫で上げ、励ますように吸っていると頭を撫でられた。   「服の上から乳首吸うの好きだよな」    呆れ混じりに吐き出される言葉に俺は興奮する。圭人の口から乳首だ、乳首。これはもう喜びの舞を踊らないとならない記念日だ。   「どうせ着替えるからいいけど、ご飯が冷めるようなことするなよ」    頭を軽く二度叩かれる。これは離れろの合図。後ろに回って腰にしがみつくようにするとフライパンのベーコンエッグを圭人が皿に盛りつけた。二皿じゃなく一皿に二人前。サラダはドレッシングに混ぜた状態でガラスの器ですでにテーブルの上。    焼かれたパンは食パン二切れとクルミの入った丸パンが五つほど。  クリームチーズとバターは電子レンジで少し温めて常温に戻してある。    俺が作る時はもう何品かあるけれど圭人の場合はいつもこのメニュー。冷蔵庫にヨーグルトがあるから冷凍のラズベリーとブルーベリーを入れたヨーグルトがデザートかもしれない。物足りなかったら追加でパンを焼く。パンは食堂や購買に卸している業者のものを二日おきに左岸や食堂の人間に届けさせている。圭人はクルミの入ったほのかに甘いパンが好きだ。チョコが入っていたりデニッシュ生地のものは朝には食べない。クランベリーの入ったパンを焼かずに食べる時もある。黙々とパンを食べる圭人は心底かわいいけれど構って欲しくなる。    昨日どうして圭人の保護者がやって来たのかなど気になることはあるし、学園が休校である理由も生徒会長という立場上、把握する必要があるかもしれない。けれどそれよりも今は目の前の圭人といちゃつく方が俺には大切なことだった。    焼かれたトーストの上にベーコンエッグを乗せる。俺の膝の上に横向きで座っている圭人の口元に持って行く。食べやすいようにトーストを半分に折るようにした。俺の好みとしてベーコンエッグは半熟にしているので上手く食べないと黄身が口からこぼれてしまう。    何か抗議するような圭人の視線に俺は片手で濡れた髪をかき上げる。  きちんとタオルでふいていないせいで髪の毛のしずくが圭人に垂れてしまったらしい。    半分ほど減ったトーストを圭人の口から離すと唇に少し黄身がついていた。ちゃんと舐めとっておく。手の中にある残りのトーストは二口程で俺が食べた。   「実は偏食だよな」 「卵の黄身は嫌いじゃないよ。口の中が黄色くなってる圭人とチューできるし」 「苦手なら食べなくても」 「圭人が美味しく食べてるところが見たいだけ」    俺の返事に少し首をかしげてから肩にあるタオルを取って頭を拭いてくれた。全体的に濡れているけれど肌寒さはない。「バカは風邪引かないなぁ」としみじみ言われながらベーコンエッグをナイフで切ってフォークに刺して圭人の口元に持って行く。俺が嫌いな食べ物だから圭人に率先して食べさせているのだと思っているらしいけれど、ただ単に俺が圭人に何かを食べさせたいだけだ。    圭人は食べている時が一番表情が変わる。分かりやすい感情の動きではないけれど目の動きや雰囲気が違う。    満足気にモグモグしている姿を至近距離で見られるの食べさせている俺だけの特権だ。唇の端からこぼれたソースなんかを舐めとる舌先なんてものを見ていいのは俺だけ。   「今日の昼過ぎに出て夕方には戻ってくる?」 「どうかな……明日の朝になるかも」 「朝帰りとかムリ」 「夜間は完全に門が閉まるだろ」 「俺が開けさせる」    圭人は裏門を使う。正面の門には常に守衛がいて近くの小屋で三人ほどが寝泊まりしているけれど裏口の門は夕方以降は完全閉鎖。人手不足もあるけれど無断外泊をする生徒のための抜け道だ。この学園は監獄じゃない。縛りすぎて学園の中で鬱憤を溜めこまれるよりはいいと行動力がある人間は外に出られるようにしている。もちろん自己責任だけれど暗黙の了解というやつだ。   「朝っていっても朝方じゃなくて登校時間になると思うから――いつも通りに」 「圭人がいないのに、いつも通りになんかでいられない」    どうせ眠れないんだから早く帰ってこれるなら早く帰ってきて欲しい。朝の三時ごろでも大歓迎だ。      考えているのか「うーん」と唸りながら両手でクルミパンを掴んで食べる圭人。かわいい。モグモグかわいい。ベーコンエッグがなくなっているのを確認してテーブルに圭人を押し倒した。圭人は冷たいサラダでお腹が冷えてしまうらしいので常温に戻っていても文句は言わない。ただ熱々のベーコンエッグが冷めると不満げだ。スープも温くなっても許してくれるけれど焼き鮭が冷めると足を踏んでくる。    だから、何かを仕掛けるなら温かいメニューを一通り食べ終わった後。それが圭人のルール。    ズボンを脱がせて珍しく履いているトランクスの隙間から手を入れる。驚いたのか足が跳ねた。  蹴り飛ばされることはなかったけれど、圭人がクルミパンを食べる手を止めている。  いつもは下着の上から、性器をなぞったり、緩い愛撫をしてからだから、油断していたのかもしれない。  直接触れたことを謝りながら柔らかくなっているバターを指ですくう。    圭人が無言でクルミパンを俺に向けてくるので、バターナイフでバターをパンに塗ってあげる。指についた方のバターはパンではなく圭人の下の口行きだ。    指を抜き差ししながら圭人の様子を全体的に見る。特に何にもないようにクルミパンを食べている。上半身は服を着ていて普通なのが逆にいやらしい。前立腺を擦るように指を圭人の中で曲げる。指を締め付けてくるのは無意識なのか誘っているからか。    俺は以前の俺とは一味違う。今までは堪え性もなく柔らかくなったら大丈夫だろうと挿入していたがこれからの俺は「待て」が出来る。    クルミパンを食べ終えた圭人がサラダの入ったガラスの器を見ていた。テーブルの大きさからして、圭人が寝返りを打つとサラダを床に落としてしまう。そうならないように俺が動く圭人の補助をする。食事中にテーブルの上で体勢を変えるのはいつものことなので息はピッタリ合っている。    仰向け状態で上半身をテーブルに横たえていた圭人が、テーブルの上で四つん這いになった。だらっとしていた足が、テーブルの上で圭人の身体を支える。猫が高所から着地するようなスマートさがある。手足の動きが目で追えない。    四つん這いでフォークを使ってサラダを食べる圭人。レタスにかかったドレッシングが跳ねたのか頬に白いモノがかかる。シーザードレッシング最強説だ。

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