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閑話 圭人の表情が目に見えて変わった。
ちょうど昼時で人の多いことを失念していた。これから食堂に向かうのだろう生徒の集団と寮の出入り口でぶつかった。いつもなら目線を合わせるのが不敬とばかりに俯いて足早に立ち去る彼らが俺を睨んだと思ったら周りを見渡す。
「UMAは?」
「吉永圭人、出て来いっ」
「どうせ会長に引っ付いてるんだろ」
「背後霊、立ち去らなくていいから現れろ」
先程まで並んで歩いていた圭人は俺の背後から顔だけ出して十人ほどの眼鏡集団を見る。大人しいタイプの生徒で生徒会長である俺に意見するような人間ではない彼らが圭人を呼びつける理由とはなんだろう。もしかして略奪愛か。俺の目の前で数に物を言わせて力づくで圭人を何処かに連れ込む気なんだろうか。
「ひぃ!! 出たっ」
「吉永圭人ってこんな顔なんだ」
「パッとしねえな」
「お前は首だけしかないのか」
圭人が俺の服の裾を引っ張った。何それ、スゴイかわいい。俺を頼ってくれている感が伝わってきて圭人以外の人間の発言が聞こえないし圭人以外の人間が見えない。圭人かわいい圭人かわいい。
そんなことを思っていたからか「説明してくださいっ」と同じクラスのクラス委員長に言われても「何がだ」と口にするしかない。俺は全く聞いてなかったよ。圭人の声以外聞こえない耳だから仕方がないんだ。
「吉永圭人が吉永紬 様の弟だというのは本当ですか!?」
どうしてそれを俺に聞くんだ。圭人を見るとかわいい顔で俺を見ている。困り顔はレア中のレアだ。
「俺以外の前でそんなかわいい顔しちゃダメだってば」
「……なぁ、吉永紬 って誰?」
誰か知らなかったせいで応えられなかったらしい。圭人かわいい。圭人はずっと俺と一緒にいて委員会も部活も参加していないから吉永紬とは縁がなかっただろう。知らなくても不思議じゃない。通りかかったら目で追う男ナンバーワンなんて言われても圭人は俺しか見てなかったわけだ。何だか勝った気分になる。
「昨日、台詞当てをしていた泣きぼくろの生徒だよ。クラスが違うから知らないだろうけど図書委員長をしている」
圭人の表情が目に見えて変わった。
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