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42 何度も口にする言葉は言霊で呪縛。
「で?」
「なにが」
「どうして生徒会長がいいんだ。どこがいいんだ。さっさと言え」
執拗に聞いてくる鬼畜眼鏡。何だコイツ面倒くさいなという気持ちが顔に出ない無表情なオレ。わりと助かってます。猫にゃんを間接的にけしかけるつもりなら失敗だ。今の猫にゃんはオレの写真を撮ることに夢中で何も聞いちゃいない。どの角度からとってもオレの顔は変わりないぞ。ブサイクではないけれど美形ではない。平均的だ。蛇さんからすると髪の毛を切る前は前髪で顔が隠れたりもするから前時代のエロゲー主人公とか言われた。無個性ってことか。そうなのか。
「なに? 会長好きなの? だから図書委員長してるとか? ウケるし」
「無表情でウケるとか言ってんじゃねえーよ」
眼鏡のクセに口が悪い。足を踏んでくるとかどういう了見なんだ。訴えて勝つぞ。それにどうしてコイツに会長のいいところを話さないといけないんだ。意味が分からん。なんで車内で仲良く雑談しないといけないの。別に鬼畜眼鏡と友達になった覚えはないし。え、まさか友達気分なの?
お前彼女と上手くやってんのかよ―みたいな男子高校生な会話をオレに求めてんの?
引くわ。ムカつくわ。
「ってかさぁ、わんわんがこの髪型になってちゃんと会うの初めてじゃん?」
「そーねー」
この猫にゃん、表情がデレデレである。猫にゃんに限らずヤッちゃんな方面の方々はどうにもテンションが一定じゃない。不安定なお仕事なのか。ヤクザは心を病みますか。
「この髪型もかわいいっすよ。マジ半端ねえ」
「小学生みたいだと大好評です」
「そっちのボス、マジペド野郎。腐ってるわぁ」
手を叩いて笑う猫にゃん。かわいいを連発されて頭を撫でられる。会長が言ってきたらちょっとムッとするけれど猫にゃんは近所のおばちゃんみたいなもんだから「そうっすか」と返す。オレたち距離感は微妙なものだ。数年に一回は顔を合わせる親戚が一番近いけれど血縁関係はないし組織としての繋がりもない。「ソースソースその口調かわえぇです。なんでもしてあげるわぁ」と言ってケラケラ笑う猫にゃんは情緒不安定で薬物中毒者みたいだ。
危険人物度が急上昇。テンションが高いラリラリ~。この適当さがあるのに詐欺師ができる猫にゃんの愛されにゃんこ技能は素晴らしいと思う。
以前に「嘘はバレてもいい。嘘でも騙されたいと思わせられるかがポイントだから」と言っていた。騙されたままでいたい。利用されてもいいから繋がりを切りたくない。大切にされていた過去を消したくない。そういう気持ちを猫にゃんはターゲットにだけ与えるのだ。ろくでなしでも愛さずにはいられない人間がいる。
「さっきのカイチョーさんのことはにゃーさんも気になるなぁ? 教えてわんわんっ」
「いろいろと面倒だったのと……やっぱ、キュウリがリボンで出てきたから?」
猫なで声で聞かれたら答えないわけにいかないだろう。二十四の男が猫なで声。プライドを車の窓から投げ捨てていることを無視できないオレだ。去年、高校一年の転入生問題においてオレの立ち位置は転入生の同室者だった。そしてパフェを食べていたオレは会長に拉致られトイレに行くのと引き換えに恋人になった。恋人になったからエロいこともしているわけです。今日も朝から交尾に励むケダモノだ。いつもよりも溜めがあったせいでケダモノ度が上がっていた気がする会長。やっぱり適度な発散が大切ですよ。ストレスと同じで性欲も抜ける時に抜かないとね。
まあ、ケダモノでもいいかなみたいな気分になったのは食事の面が大きい。それは認めざる得ない事実だ。
「ドレッシングも美味しかった……食堂のだけど」
会長本人は全く意識していないかもしれないけれど学園内というか日本的な意味で重要人物だ。オレとは住む世界が違うタイプなので変な傷とかトラウマとかを負わせたくはなかったし性格的に真正直に逃げても無駄だと察した。逃げたら逃げた分だけ全力で追ってくる。それが魁嗣(かいし)朝陽(ちょうよう)という人間だ。
魁嗣(かいし)の家の出たからなのか会長は、息を吸うように権力を使うし、親衛隊長である使えるメガネも仕えている。逃げるのは簡単じゃない。物理的に会長の部屋から出た先の未来のビジョンが見えない。逃げてもすぐに捕まって以前よりもガチガチの拘束をされるだけ。自分から自分の状況を悪くするやつなんかいない。
今日の朝なんか目覚めてすぐに、オレの手か足に手錠をガッチャンとやってこなかった会長は成長した気がする。去年は会長が朝ごはんを作っている間は、ベッドに縛られて放置されていたオレである。身体が痛くないかとか腕は擦れないかとか気にしてはくれる。けれど部屋の中でも手錠なし生活は認められない。会長はそんな面倒くさい男だ。
だから会長を納得させられる別れ方じゃないと意味がない。無理矢理に引き離されたぐらいで諦める会長じゃない。組織の力で隠れても二十年後に会長と一緒にいる気がしてヤバい。飼い主と逆というか飼い主と並べて考えようとする時点でマズい。そういう問題じゃない。
今後のことを考えるならこの関係は高校で終わらせるべきことだ。少なくともオレの中でそれが決定事項。だからこそ会長の容赦のない熱意は少し怖い。愛を口にするのにためらいがなく外堀を埋めていくことにすら躊躇しない。何でも手に入ると思っているから欲しがることができるんじゃない。オレを手に入れるために何だって差し出してしまえる覚悟を決めているからマズい。自分を守れるのは自分だけなのに何一つためらわずにオレを求めて自分を犠牲にできるのは人としてダメだろう。飼い主が帰り際に会長のことを「完璧な欠陥人間」と矛盾した表現をした。会長の持っている欠落ぶりが完璧なのか欠陥人間と定義される存在として会長が完璧なのか。
神様は恋とは自分の中の欠けた部分が埋まることだといった。言葉は言霊で呪縛。好きだ、かわいいとオレに告げるたびに魁嗣朝陽が欠けていく。そう思わずにはいられないのはきっと転入生の顛末のせいだ。彼の愛は同一であること。同じになって混ぜあい溶け合う、それを幸せと呼んだ。歪んだ世界のひずんだ童話は会長の耳に入れることじゃない。飼い主もきっとそう思ったんだろう。
『アレは完璧な欠陥人間だな。オマエに合わせた形になろうとする。一人にならないように寄り添うもう一つ』
わんわんなのだ。オレの人生はいつでもそこに着地するようになっている。でも、オレは生涯飼い主だけのわんわんだ。何度も口にする言葉は言霊で呪縛。
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1+1を2と言わずにoneone(わんわん)というのは人々 みたいなニュアンスです。
(感覚的なものなので気にしないでいいですが作中ではずっとそれで話が進んで二人という言い方をあまりしません)
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