65 / 72
43 わんわんがわんわん泣くレベル。
「キュウリがリボン? はぁ?」
鬼畜眼鏡のムカつく顔を無視して猫にゃんさんに「キュウリは王冠だと思ってたんだよ、オレ」と告げると得心がいったのかスマホをいじって「こういうこと?」と画像を見せる。キュウリ空白リボンで検索かけたみたいだ。
会長は当たり前みたいに皮むき器で縦に薄くカットしたキュウリをリボンの形にしてサラダとして出してくれた。サーモンは薔薇型だった。盛り付けには性格というか育ちが出る。
「デザートのプリンはプリン・ア・ラ・モード」
ただでさえ美味しいプリンが生クリームとフルーツとセットなんてあらどうもと言いながら食べるだろ。食べない奴はいない。お腹いっぱいでもオレは食べるね。ちなみにプリンは食堂のものだから、もちろん文句なく美味しい。食堂のプリンは卵が違う。カラメルも苦すぎないし甘すぎない。
「お弁当作ってくれたら絶対にタコさんだけじゃなくてカニさんウインナーが入ってくる」
「ニンジンとダイコンは花?」
「お麩はハート型」
「わんわんのことを事前に調べたわけじゃなくてそれはヤバい。ヤバすぎる。高校男子が乙女すぎる」
「そうだよ。みゃーみゃーさんだって作った後に我に返って『待て、違う。俺の意思じゃない。こうやって教えられたんだ』って言い訳しだすっていうのにさ。会長は平気、全然平気。羞恥心ゼロで包丁の技術がどんどん上がっていくだけで躊躇なし。褒めるとドンドンメルヘンになるしお菓子のお家作ってもらったし」
「入れるサイズ?」
「テーブルに置けるサイズ」
「これは満場一致で仕方がないって結論に出るわ。仕方ない、仕方ない。こればっかりは仕方ない。次にカイチョー君に会ったらご飯中のわんわんの写メをねだらにゃー」
猫にゃんが力強く頷く。ちなみにお菓子の家はパーツ自体は普通に買ったみたいだ。どこのお菓子屋さんのものか知らない。特注かもしれない。設計と組み立ては会長だから会長制作でいいと思う。あんな言葉に出来ないときめきを覚えたのは飼い主に初対面で「お手」と言われたときぐらいだ。
屋根に使われたパイ、壁のビスケット、飾りのチョコレートに窓ガラスの飴細工。
みんないい仕事してた。
家具もあったし。色彩豊かなマカロンの花壇。接着面を誤魔化すためなのか、真珠っぽいのが飾りでくっついてキラキラしてた。オレ自身が美味しくいただかれる展開になっても、お菓子の家からは逃げられない。というかギブ・アンド・テイク。会長から惜しみなく与えられ続けているから、恋人と名乗る以上は身体ぐらいいいだろうという話になる。お金かからないし。
「餌を与えられたら誰にでもホイホイついていくのか、オマエ」
人を尻軽扱いする鬼畜眼鏡。オレにお菓子の家をくれたのは神様と飼い主しかいないぞ。しかもあれはドッキリ企画で拾い食い禁止と言われたオレが実物大のお菓子の家に食いつかずにいられるかみたいな話だった。人の家を食べると住人が困るだろうし、衛生面も気になったから食べなかったけれどものすごいストレスだった。お菓子の香りの中で飼い主がやってくるのを待つ忠犬なオレ。褒められたけれどあれはひどい。わんわんがわんわん泣くレベル。
ともだちにシェアしよう!