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44 そういう面で選り好みはしないのだ。

 車が止まって外に出ると港にある倉庫前。ベタだ。ベタすぎる。さすがヤクザ。  二時間ぐらいの乗車期間中ずっと「食べ物を渡されたら誰にでも着いていくのか?」「躾けのなっていないバカ犬か」とブツブツ言い続けた鬼畜眼鏡。ただの陰険眼鏡。「生徒会長と別れたいなら俺と付き合っていることにすればいい」と謎の提案をしてきたのはちょっとだけ正しい気もした。    他に好きな人がいるからごめんなさいっていうのはオーソドックスな破局の理由だ。普通にそれをするとオレの好きな相手が殺されたりしそうだけれど、鬼畜眼鏡なら問題ない。死んでも罪悪感は湧かないし、死にそうにないタイプだ。    そう分かった上でも鬼畜眼鏡の案には乗れない。    戸籍上兄弟になっているとかそういうことじゃない。鬼畜眼鏡を好きだとか嫌いだからとかじゃない。オレが何を好きで何を欲しがっているのかなんて会長には見透かされる気がする。   『それはオレにお前よりも大切なものがあっても言えること?』    オレの問いかけに会長は引かなかったのだ。鬼畜眼鏡と付き合うから、なんて口から出まかせでしかないものを会長が信じるわけがない。    会長はオレの気持ちより、何より自分優先で行動している。自己中心的なケダモノ。オレのことを縛り上げて放置した時に会長が帰ってこなかったら死ぬシチュエーションは今までない。とはいっても、これから先は分からない。    オレは会長の独占欲で死ぬことがありえる。そんなことは最初から分かっていた。拘束の仕方が遊びじゃない。玩具の手錠なら壊して逃げられる。  どのルートで揃えたのか会長が手に入れてきて俺に使うものは実用品だった。    精神病者に使うような拘束具も持っていた。俺と出会う前は持っていなかったものを数日いや二日しないで揃えたのだ。拒否し続ければ薬品を使われた危険性もあった。    まあ、恋人にご無体なことをする会長ではないので拘束もオレが許容できる範囲、一人で家にいる間はずっと片手を手錠でどこかに拘束されるという感じに落ち着いた。    拘束されていた時に切羽詰まって、ヤバいと感じたのは尿意だけれどアレが尿意じゃなかったとしても同じことだ。絶対の安全なんてありえない。オレが身体の自由がきかないせいで下の階の火事で死ぬ可能性はいつだってある。    その可能性を考えた上でも会長はオレへの拘束を緩ませない。オレの肉体の安全よりも自分の気持ちを優先しているからだ。束縛していたいと思っている。自分に繋ぎとめたいと考えている。それが会長だ。    魁嗣(かいし)朝陽(ちょうよう)という人間は冗談じゃなく「死ぬときは一緒だ」イコール「俺が死ぬなら圭人も殺すし、圭人が死ぬときは俺も死ぬよ」と言える人間だ。    狂っていて、誰も理解できないだろう思考回路。    心中したいわけじゃない。  自分が死ぬ時はオレも死ぬ時なのだ。  道ずれというよりもそれが会長の愛し方。    それを間違っているという権利は勝手に運命共同体扱いされる恋人なオレにしかない。    だから、オレがちゃんと間違っていることは間違っている教えないといけない。会長の考えは普通じゃない。普通なんて分からないオレが言えることじゃないと頭の隅で考えても会長の考えを否定しないといけない。    否定しないと会長はこのままずっとオレに囚われてしまう。    別れたいと思う理由はいくつもあって、その理由のすべてが嫌いだからとか、嫌気がさしたとか飽きたとか、そんなものじゃないことが、きっと何よりも一番の問題点。    好きだから嫌いだからという感情で、他人との接点をなくしたり、持とうとしたことがオレにはない。好きでも嫌いでも組織に属する人間なら会話をするし依頼人を自分の尺度で測ったりもしない。オレはわんわんなので、そういう面で選り好みはしないのだ。

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