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45 なんなんだよはこっちが言いたい。
突き詰めて考えなくても会長に向ける感情は例外的なものだ。同時に連想するのは飼い主のこと。オレの胸が痛くて苦しいのは、いつだって飼い主が理由になる。
別に会長と恋人になったり、肉体関係があることを黙っているのが裏切りだとは思わない。
いや、裏切りだとは言われてしまえば、その通りだとは思う。けれど飼い主はオレを責めたりはしない。その代わり、ほぼ間違いなく飼い主は会長を殺してしまう。
飼い主はそういう人だ。
自分の領域を侵す人間を許せない。自分の持ち物を大切にするタイプなのだ。そしてオレの痛みや悩みはそこじゃない。分かりきったことで悩んだりはしない。
オレと飼い主の間にある絆の形が明確化することを避けている。
想像は想像。現実として目の前に突き付けられたものが、想像通りだとしてもオレはどう反応するのか思い浮かばない。どんな反応が正しいのかもわからない。
薄氷の上に立っている心地に心臓が冷える。飼い主はいつでも温かい。だからこそ、オレの中にある不安の予感は消えようがない。会長がオレを拘束して得ようとする安心をオレもまた飼い主の犬であることで得ているのかもしれない。
自分を棚上げしきれないオレは飼い主のことを理由に会長を拒絶できない。飼い主のために死ねないなんてオレは会長に言えない。
飼い主ではなくこれはあくまでも会長とオレの問題だ。
けれど、飼い主以外の理由でオレは会長の考えを否定する材料を持たない。
オレ自身が飼い主の死と自分の死をイコールで考えるような狂った考えだからだ。人のことは言えない。
「なんなんだよ、結局は会長が好きなのか? それとも魁嗣(かいし)の人間だからか?」
潮風は涼しく天気はどんより曇り空。
区切りをつけるにはいい日かもしれない。
鬼畜眼鏡は、なおもこだわる。何がコイツを駆り立てるんだ。なんなんだよはこっちが言いたい。
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