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46 きっとたぶん、そんな感じ。

「仮に魁嗣(かいし)の人間だからだって言ったらどうするわけ」 「オマエを馬鹿にするだけだ。会長にまともに向き合ってないってことだろ。魁嗣朝陽がオマエを執拗に囲うのはオマエがアイツを見ないからだ」 「オレの大切なものは最初から――」 「飼い主以外はどうだっていいなら、もっと突き放してやるのが優しさだ。オマエは単純に飼い主がそばにいない借りてきた猫の状態が耐えられない駄犬なんだよ。考える間もなく押し付けられる愛情に乗っかっていれば目の前にあることから逃げられる。オマエはもっと会長を自分の誤魔化しの道具にしてることを自覚しろ」 「自覚して何?」 「飼い犬なら飼い主を間違えるな」 「間違えてない」 「他に懐くな」  どうしてコイツに言われないとならないんだ。飼い主にも言われたことのない文句をコイツから言われるなんてムカつく。いつでもムカつくところを突いてくる。痛いところじゃないムカつくところ。   「ボスが死んだらどうするの?」    またそれ、いつもそれ。もう聞き飽きた。  先程までの眉を吊り上げた苛立った表情じゃない。    変に余裕のある薄気味悪い顔で笑う鬼畜眼鏡。    コイツが学園内で慕われているなんて嘘みたいだ。気持ち悪い。どこに理知的な図書委員長の面影があるというのか。眼鏡をつけているところぐらいしか共通点がない。   「どうも何もない」 「他の誰かに飼ってもらえると思ってる?」    無視して先に倉庫に入った猫にゃんの元へ向かう。コイツと話していても気分が悪くなるだけだ。猫にゃんの前では猫を被っていたらしいが、オレと二人になるとすぐにコレだ。   「オレに何を言わせたいのか知らないけど飼い主はオレの飼い主だし」    コイツに譲るとかないし、と思っていたら「ちげー、バカ、あほ。鈍感犬」と頭の悪い罵倒がきた。背中を蹴られそうになったのは華麗に回避する。鬼畜眼鏡は顔面から転んで眼鏡のフレームが少し曲がった。   「悪かった。本体が……」 「眼鏡は俺の本体じゃねえーよ、バカ犬」 「ケチャップまみれになった上にこの有様……眼鏡殺人事件だ」 「誰も死んでねえーだろ」  くっ、ちょっと低音ボイスが飼い主に似ているぐらいで許すような俺じゃないんだからな。でも、苛立ってる時の鬼畜眼鏡の鬼畜さと言い方は飼い主に似ている。    飼い主の録音した声を聞いて真似していた組織の人間たちを思い出す。    みんなわりと飼い主バカだ。ボスボス言って群がる姿は飼い主が学生自体から変わらないのだと元祖みゃーみゃーさんに教えてもらった。モテ男なのは分かりきっている。だが、飼い主の亜種が量産されるのはいけない。    憧れたからって飼い主にはなれない現実を受け入れて鬼畜眼鏡は眼鏡アピール路線でいって欲しい。インテリだよ、インテリ。   「もっと眼鏡っぽい口調でいろよ」 「眼鏡の話題はいいよ、眼鏡は。眼鏡眼鏡言いやがって……なんなんだよ、オマエは眼鏡が好きなのかよ」 「うん」 「は? 好きなのか!?」 「だって眼鏡だぞ。オレには一生縁がない眼鏡(もの)だ」 「……そうですか。たしかに視力がよかったですね。あなたに似合う眼鏡もなさそうですし」    眼鏡をくいっと上げながら言う鬼畜眼鏡。お前の中の眼鏡口調は丁寧形か。いいぞ、いいぞ。嫌味は忘れないところが変わらず陰険で鬼畜眼鏡らしい。   「眼鏡はお前のアイデンティティ……すべてのようなものだ。大切にしろよ」 「そんなに度数はいってませんけどね」 「偽眼鏡かよ。謝れ」 「偽じゃねえーよ。なくても見えるけどキャラ付けで使ってんだよ。俺はこれでも真面目優等生なんだよ」 「すぐに柄の悪い顔を出す眼鏡はダメ眼鏡。ダメガネ」 「ふざけんな駄犬」    鬼畜眼鏡とはそりが合わない。つい言い合いになってしまう。車近くでじゃれてないで早く来いと下っ端に怒られました。オレのせいか?    下っ端と言っても十九歳ぐらいのチンピラさん。頭を丸めて歯がシンナーで溶けてる感じがすっごくチンピラ。ファッションチンピラが多い中で昔ながらのスタイルのチンピラを見ると和むね。未だに夜露死苦(よろしく)とか見ると絶滅危惧種なので優しくしたいです。    一足先に倉庫行きになっていた転入生と再会……ではなくて、椅子に縛られ転がっているのはオレの髪の毛がちょっと焦げた原因の強盗犯。    屋敷に忍び込んでいた奴だ。  判別をつけるためか美少年だからか顔は殆ど殴られた跡がない。だから分かる。ゴールデンウィーク中に顔を合わせた強盗犯とカツラと眼鏡が吹っ飛んだ転入生の顔は同じだった。    ここで双子!? みたいな話とみせかけて残念ただの兄弟だ。    最初から全部知っている。確証はなかった。でも、オレを見て「死にぞこない」と口が動いたので確信した。コイツはただの生け贄だ。本当は餌だったのかもしれないけれど今となっては生け贄のヒツジ。    逃げたいわけでもないのにどうして人は転んだ時に反射的に手をついて自分を守ってしまうんだろう。  ねじれた愛憎劇の解説者は誰だ。  あるいは開設だろうか。  今回の一連の事件は物凄く乱暴にいえば兄弟喧嘩の発展形。    あるいはメルヘンチックに言えば誰がコマドリ殺したの?    きっとたぶん、そんな感じ。

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