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47 コイツは本当に話の腰を折るのが好きだな。
オレはゴールデンウィーク中に転入生の情報を蛇さんから貰っていた。もちろんカツラと眼鏡の下の顔も俺は最初から知っている。
だから、そう。分かっていたんだ。
金持ち相手にケンカを売っている強盗犯と転入生が兄弟だということもオレと遺伝子的な父親が同じだということも知っている。
ただ転入してきた意図とオレに何を求めているのかまでは分からない。
人の心の内は蛇さんでも完璧には言い当てられない。
誰がコマドリ殺したの?
その問いかけに「わたし」と雀が言ったとしても、動機は不明のまま語られることはない。どうして雀はコマドリを殺したのか。雀にとってコマドリとはなんであるのか。
詩の中で語られることないからこそ謎めいていてミステリーの題材で使われることが多いマザーグース。比喩であるならコマドリは誰で雀は誰か。それを考えるのが大人の遊び。
ただ動機が分かったからといって意味はない。
コマドリは生き返ったりしない。でも、飼い主が適当に終わらせないで向き合わせたということは意味があるのだ。考えたくもないけれど、鬼畜眼鏡、吉永紬 とオレを兄弟にした意味。
吉永の戸籍にオレがいる意味。考えたくもないけれど、考えなければならない。向き合うための思考の導き。
今回のことは全部が全部、飼い主からすればオレに一つのことを告げている。無言の指示。
お金持ちから強盗していた実行犯で、首謀者がお金持ちの子供なんて醜聞はマスコミが食いつきそうだけれどそうはならない。
情報規制を敷いているわけではない。
最初から今回の件に警察は介入していないのだ。
学園の騒ぎも爆発物があったとしても実際に爆発したわけでもないので、全部事なかれ主義の中に流される。そういう仕組みを組織が作り上げているともいえる。おかしいと発言する人間の口を封じるのは簡単だ。正義感の強い人間の目線を少し変える餌を用意すればいい。
今回の問題は実のところオレの腹違いの兄弟が首謀者であるという以前の話だったりする。
屋敷に火をつけられたイコール組織にケンカを売ってきたということもあるけれど、彼らが盗んだものの中に人目に触れては困るものもいくつかあった。
組織はそういう警察には言えない内密なお願いっていうのを聞いてあげる場所でもある。自分たちに火の粉がかからなくても今回のことに一枚噛んだのだ。だからこそ情報は揃えていた。それをたぶん目の前の兄弟たちは分かっちゃいない。組織の規模も繋がりも分かりにくいからね。
何を相手にどういうケンカを売っているのか、理解していない彼らが自分の脳裏に思い描いたシナリオを実現できる見込みは最初からなかった。
チャッピーの飼い主である若頭の上、元締めな親分さんとか飼い主の知り合いや友達って枠組みでビジネス相手とは少し繋がり方が違う。親分さんは神様好きのメンバーなのである意味では組織の人間とも言える。だから今回の話は物凄くイージーモード。難易度なんかあってないようなものかもしれない。
最初から出演者がバレている茶番なんだから、蛇さんも結末が分かっていただろう。それなのに放置した理由は一つ。
蛇さんがこうなるだろうと予想した脚本の枠から出てくる出演者を知りたかったんだろう。単純な知的好奇心。完全なる個人趣味。オレや飼い主、幹部以外にバレないからって蛇さんはすぐにこういうことをする。
強盗事件の話だけなら犯人グループが分かった段階で話は終わり。
転入生が来る前に彼らはゲームオーバー。そうしなかったのは個人的な興味を抜いても転入生がやって来たことで変化する学園内部の観察をしたいから。一石二鳥どころか一石三鳥を狙う蛇さん。誰かに文句を言われた場合の言い訳もバッチリ。
蛇さんの想像を超えた動きをしたはきっと飼い主だけ。飼い主が来なかったら昨日の食堂ではオレと転入生が腹違いの兄弟だという発言が生徒たちに波紋を作っただけ。そしてその事実は毒のように生徒たちの間に浸透していく。ただ特効薬とは言えないけれど鬼畜眼鏡がオレと戸籍上の兄弟関係だということでその話題を強引に打ち消した。
図書委員長である吉永紬 にまつわることの方が、転入生やオレへの不快感や疑念や突如現れたヘルメット集団よりも重要だと思う人間が多かった。
その場には一年とはいえ風紀委員長がいて生徒会長の親衛隊長もいたのだから、当然かもしれない。事前情報のない転入生や謎のヘルメットよりも、今まで同じ学園にいた図書委員長が気になるのは普通だ。
鬼畜眼鏡は鬼畜眼鏡らしく眼鏡ハーレムを作っていたようなので、尚更ことは大きくなる。一定の距離から人を近寄らせなかった美貌の図書委員長の兄弟が、生徒会長の恋人ともなればスクープされる。娯楽の少ない世界だから、オレはフェイクで生徒会長は図書委員長が本命なんてことで学園は盛り上がっているかもしれない。
ともかく飼い主が来なかった場合、転入生が場を支配することができたかもしれない。
仮定の話に意味はないけれど、会長とオレを引き離したり混乱させたりしたんだろう。飼い主が動かなければオレは動くつもりはなかった。それは転入生を恐れたからじゃない。会長に組織の話をしたくないからだ。オレは会長に何も言わない。言うつもりはない。今後もずっとだ。組織を理由に逃げられないのだから会長に組織のことを明かすことはない。
何処までもオレを追ってくる会長が歩みを止めるのは死んだ時だけだ。オレを嫌いになったり見限ってくれたらそれが一番だけれどそんな日は永遠に来ないという予感だけがする。恋と呼ぶには執着が強すぎて破滅的。それなのにオレの舌先はそれに甘さを感じている。
「もう一度会うとは思わなかった」
転入生に向けた言葉に反応したのは転がった兄。オレを睨みつける顔をチャッピーが踏みつけた。容赦ない暴力。美少年の骨格変わっちゃう。もったいないな。
「誰も分からないみたいだね。よかったね」
オレの言葉の意味は転入生だけが把握できたらしい。傷だらけの顔で笑いながら「全然似てなくて気持ち悪い」と吐き捨てた。
彼は最初から演技をしていなかった。暴かれたかったのかもしれない。面倒な人だ。
「ケイはそんなんじゃない。オマエは腹話術の人形みたいで気持ち悪いんだよ。無表情でぺらぺらしゃべりやがって。遺伝子レベルでコピーなのに全然似てなくて気持ち悪い」
「へぇ、ケイは笑顔で無言?」
「そうだ。ケイはオマエとは違う。このニセモノ」
「それはよかった。オレは転入生のオモチャの燃えてなくなったお人形さんじゃないからね」
オレはただのわんわんです。ドールじゃないよ。
そんなこと分かっていたでしょう、お兄ちゃん。
「燃えてなくなったって……何で知ってんだよ。ケイは」
「死因は公表されていない?」
コマドリが死ぬのを見たのはハエ。
「殺した人間以外は死因を知るはずがない? 知っているのは自分だけ? 違うだろ。……身体の弱いお兄ちゃんは」
「オレが殺した」
口を開いたのは転入生じゃない。
縛られて転がっている兄。
「オマエの片割れの死因とか犯人とか何の関係があるんだ」
インテリ口調を捨てた鬼畜眼鏡がオレに耳打ちしてくる。コイツは本当に話の腰を折るのが好きだな。
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