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第2話 主の幸せ

 三年前に成人男性をモデルにしたアンドロイドが家に来た。AIの発達は著しいもので、僕らと会話もできるしそれなりに人間と同じ動きもできるようになったとか。いずれは仕事や家事の殆どをロボットが担うと言われている。家に来たアンドロイドもその試作品の一つだった。  家事代行アンドロイドのテストプレイという名目でロボット工学を研究しながらAIを造っている叔父から譲り受けた。多少でも不備や問題点があればその都度報告してほしいと言われて暫くは様子を見ていたが、これはかなり優秀だ。生きている人間だと見間違えるくらいに。 「おはよう、カイ」 『おはようございます。主』  僕はアンドロイドをカイと呼んでいる。カイは僕の事を主と呼ぶ。本当は名前で呼んでほしいが、そうやって呼ぶように設定されているらしい。 「今日の予定は?」 『本日は何も予定が入っておりません』 「そっか」  一言告げておけばスケジュール管理もしてくれる。怖いくらいに優秀だ。  そんなアンドロイド、カイを僕はいつの間にか好きになっていた。勿論便利だから手放したくないという気持ちはあるがどうもそれだけではなく、恋愛感情として好きになってしまった。相手はロボットだ。僕はもうこれでもかと言う程頭を抱えた末に全てをカイに吐き出した。カイには感情が無いからこんな僕を嫌悪する事はない。そして同じ気持ちを抱く事もない。だから恋人のように接してくれるように頼み、肉体関係まで持つようになった。 『本日はどこかへお出かけですか?』 「いや、家でゆっくりしていたい」 『畏まりました』  カイが用意してくれた朝食を食べて本を読む。最近はカイが食べ終わった分の食器の片付けと洗濯を干し終わるのを、本を読んで待つのが楽しみになっている。 『主、終わりました』 「お疲れ様、ありがとう」  カイが隣に座って抱きついてきた。以前は頼まないとこういう事はしてくれなかったのに最近はよく僕に触れてくれる。多分学習能力があって、より一層恋人らしく動けるようになったのだろう。僕がカイの頬に口づければ唇へのキスが返ってくる。 『主、触れても良いですか?』 「うん、おいで」  恋人になってほしいと言ったばかりの頃よりも格段にスキンシップが増えた。カイの方からキスをしてくれたり抱きしめてくれる事も多くなった。そして何となく、本当は気のせいかもしれないけど、色んな機械や部品が詰まったカイの固くて冷たかった体から人肌くらいの暖かさを感じる。 「カイ、好きだよ」 と言えば、決まって 『私も主が好きですよ』 と返してくれる。カイに感情が無くても、学習したプログラム通りでも嬉しかった。だから毎日何度も好きだと言い続けている。だけど今日は同じ返事じゃなかった。 「カイ、好きだよ」 『私も主をお慕いしております。心から』 「えっ!?」  思わずカイの肩に乗せていた頭を上げる。びっくりしてカイを見れば目が合って、抱き寄せられた。 『主、貴方が好きです。貴方に触れたい、貴方が欲しい』 「カ、イ……?」 『私には心はありません。主の気持ちも分かりません。ですが、それでも主に伝えたいものがあるのです』  体が更にカイの腕に締め付けられた。だけど加減されていて痛みは無い。それどころか、包み込まれていてとても心地いい。 『主……主……主……』  カイは僕を抱きしめたまま優しい声で僕を呼ぶ。吐息が掛かる筈がないのに耳が擽ったい。体が、カイの手が温かい。カイにそんな気持ちは無いだろうに、僕が好きだという感情が流れ込んできているかのように錯覚する。気持ち良い……嬉しい。 「夢じゃなければいいのに……」 『夢ではありません。現実です』  その言葉と共にソファーに優しく押し倒された。この瞬間を堺に、僕は本当にアンドロイドの恋人になった。

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