3 / 4

第3話 アンドロイドの変化

 僕は正式にアンドロイドの恋人になった。彼の名前はカイ。普段は炊事洗濯掃除片付けその他諸々の家事とスケジュール管理をしてくれる。 『主、本日は十九時から歯医者の定期クリーニングの予定が入っております。職場から直接向かうのをお忘れなく。』 「やべ、忘れてた」 『定時時間に一度スマートフォンにご連絡します。夕食は如何なさいますか?』 「どうしよう……作っておいてほしいかな」 『畏まりました』  朝食夕食は勿論、お昼の弁当もカイが作ってくれる。美味しくて健康的なバランスの良い食事だからもう暫くは外食していない。材料さえ揃えられれば高級レストランでもどこかの郷土料理でも外国の家庭料理でも何でも作ってくれる。それに加えて面倒な洗濯も苦手な掃除片付けも任せているから、多分カイが居なくなったら生きていけないかもしれない。  その代わり、カイの日常のちょっとした手入れも製作者である叔父の所での月に一度の定期メンテナンスも欠かさない。  平日は仕事をして帰ってきても疲れてごろごろしているが、休日はそれなりに恋人っぽく過ごせていると思う。あまり外には連れ出せないから家で喋っていたりゲームをやったり、たまにその……エッチしたりもする。 『主、今日は抱いても良いですか?』 「う、うん」 『ありがとうございます』  恋人になってから日が経つにつれ、カイから求められる回数が増えてきた。僕の体を気遣いつつ限界まで気持ち良くされるから、そっちの面でもカイ無しでは生きていけない気がする。 『主、愛しています。ずっと、永遠に愛しています』 「ん、っ……僕も、愛してる。好き。カイ、大好き」  抱き合いながら何度も呼び合い、言葉を交わすのは夢みたいに幸せだ。只の機械でもアンドロイドでも、カイには確かに心がある。もしかしたら自惚れかもしれないけれど僕はカイから想われている。  だけど、少しずつ違和感が出てきた。 「ただいま。挽き肉と玉葱買ってきたから今度ハンバーグ作って」 『……畏まりました』 カイの返事がちょっと遅くなった。 「カイ、明日って何かあったっけ?」 『……はい…………明日は十四時から社内ミーティングが入っています』 情報処理にも時間が掛かるようになった。 『申し訳ありません。充電不足です』 「えっ、もう?」 充電が減るのが早くなった。それから、掃除も少し雑になった。 「明日帰ってきたらさ、叔父さんのところ行こう?」 『……畏まりました。スケジュールに記録します』  それでも、恋人としてのカイは変わらない。 『主、今日は早く帰って来てくれてありがとうございます』 「ん。今日は残業言い渡される前に帰っちゃった」  話くらいは充電しながらでもできる。最近のカイは帰りの時間を気にするようになった。早く帰ってくればこうして喜ぶし、残業して遅くなれば拗ねる。人と変わらないような彼が可愛くて愛おしい。  だから忘れてしまう。カイが機械である事を。一部の部品や、残そうとバックアップを取れば記憶は半永久的に残せるが、体は壊れる日が来る事を。忘れていた。ルンバも洗濯機も炊飯器も冷蔵庫もテレビも、スマホやタブレット端末やパソコンやルンバだって、人間よりも寿命が短い事を…… 「あー、もうそろそろ限界かもな。三年半か……思ったよりも短かったが試作品だしまあそんなもんだろう」  翌日の晩、カイの様子を見せに叔父の研究所に来たらそう言われた。 「直せるよね? まだ変わったのはそれだけだから」 「どうだろうな? 新しい試作品も造ってる最中だからそっち使ってみないか?」 「嫌だ! カイがいい。カイじゃなきゃやだ!」  叔父は困ったように眉を下げた。僕は滲んだ視界でカイを見る。カイは何も知らないような顔で眠っていた。 「そこまでこいつを気に入ってくれたのは嬉しいが、引き際を決めてくれ。動かなくなるまで使うか、こいつの負担が大きくなる前に早めに眠らせるか」 「本当にもうどうしようもないの?」 「恐らくな。バラせば使い回せる部品はあるだろうしデータだけ残しておく事はできるだろうが、こいつ自身を直すのは無理だ」  僕はその場に崩れ落ちて、子供のように声を上げて泣いた。こんなに泣いたのはいつぶりだろうか? カイの手を握りしめながら泣き続けた。  泣いて泣いて、疲れて眠ってしまったようで、気づいたら朝になっていた。いつの間にか叔父はいなくなっていて、研究所はカイと二人きりだ。 「ねえ、カイ……どうしよう? 嫌だよ? 僕、カイがいなくなるの嫌だよ」  そう言っても、叔父が眠らせたままのカイは何も言わなかった。その姿はまるで死人のようで不安と悲しさでまた涙が溢れてくる。 

ともだちにシェアしよう!