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6/10(月)▶▶6/21(金)
目が覚めると長岡の姿は無く、辺りは闇に包まれていた。
時計を確認すると時刻は深夜3時。
昨日は風呂はおろか、夕飯だって食べた記憶が無い。まずいなぁ…他の下宿生との顔合わせも兼ねた夕飯だったのに…。
引越しの疲れが出たにしても寝すぎてしまった。
もしかしたら現実に対する拒絶反応で目覚めたくなかったのかもしれない、なんて考えて1つ笑いを零す。
「…数時間後には学校か……」
二度寝しようか迷ったがこのまま起きていることに決め、既に清められていたようだが軽くシャワーを浴びに風呂場へ向かう。
全身がひたすら重くだるい。
鏡に写った姿の悲惨さに溜め息が出る。
長岡はきっと復讐を成したいのだろう。
あの時、自身が受けた全てを俺に返すために…
シャツのボタンを1番上まで閉めてもどうしても顔を覗かせてしまう噛み痕が、その青黒い見るからに痛々しい傷が、長岡の怒りを語っているようで目を逸らす。
だがしかし、実際問題どうしたものか…
昨日、最中に必死に謝ってはみたが聞く耳を持ってはもらえなかった。
長岡の怒りは分かるし謝られたからって過去が変わるものでもないから許して貰えないのも理解できる。
復讐したい気持ちも分かるが…
だからと言ってこのまま長岡の語ったストーリー通りいじめられるのも嫌だし、前の学校を辞める時、度重なる不幸に「負けたくない。」と思ったのを思い出す。
そうして俺が辿り着いた答えは…
「春人、例の束縛系彼女とは別れられたのか?」
前の学校に残してきた彼女に別れ話を切り出した所、拒否された上、周囲への牽制も含め噛み付かれた…という作り話だった。
もう少し捻った良い嘘があったような気がしなくもないが、心配してくれるような友達も出来たので結果オーライだろう。
ちなみに絆創膏という案も考えたが痕が身体中にあるため、体育の着替えの時などに結局バレてしまうと思いやめた。
「まだだけど…でも最近大人しいしこのまま自然消滅できそうかな…。」
長岡からの対抗噂話が飛んでくるかと警戒していたが特にそういう動きはないまま10日以上が過ぎていた。
あれからというもの長岡は特に俺に関わっては来ない。
登校初日の朝、顔を合わせた時もまるで何事も無かった様であったし、俺は引越し疲れから部屋で寝ていたことにされていた。
長岡の母に「首のそれどうしたの?」と聞かれたが「昨日からありましたよ。」なんてとぼけてみせた。
長岡とは下宿先で顔を合わせても特に言葉も交わさなければ目も合わせない。
そして俺は束縛系彼女がいる(設定)変な時期に転校してきた元お坊ちゃんにも関わらず順調にクラスの輪に溶け込めていた。
だがこれはきっと俺の人柄ではなく、俺に最初に声をかけてくれた笠井宗平 の人柄故だろう。
宗平は青春のど真ん中を生きているような明るく人当たりの良い性格で、所属するバスケ部では1年ながらスタメン入りが期待されているという。
おまけに顔も良いもんだから女子からの人気が非常に高いようだ。
そんな宗平は俺をグループに入れてくれ、学校生活の様々なサポートをしてくれた。
たまに裕福だった暮らしから出てしまう嫌味とも取れる発言も宗平が笑いに変えてくれたお陰で俺は肝を冷やすだけで済んだ。
心配していたことは今のところ何も起きてはいない。
「なぁ明後日、他校との練習試合あんだけど俺ちょっと使ってもらえるかもしれないんだよね。春人、家近いんだし見に来てよ。」
昼食を食べながらそう声をかけて来た宗平に驚くと同時に笑顔を浮かべる。
「1年で使ってもらえるなんてすげーじゃん!明後日…日曜か。行ける!」
そう答えた俺に宗平は「まぁ練習試合だけどな。」と苦笑い。それだって充分凄いだろう。
「でも期末テスト近いのに試合あんだな。辛いな運動部。」
「言うなよ。」
「ついで言うと今日小テストあるよ。」
「え!?」
どうやら本当に聞き逃していたらしく焦る宗平に思わず笑いが零れる。
このまま日々が明るく過ぎていけば良い、と願ってしまうのはいけないことなのだろうか、と、ふとそんな疑問が頭を過ぎった。
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