41 / 207

9/3(火)

「はよ。…宗平。」 しまった。声が裏返った。 今日から再開した朝練に参加してきたらしい宗平は額に薄く滲ませた汗をノートで扇ぎながら、席の横へ来た俺を見上げる。 「はよ。今日もあちぃな。」 そう言って笑うと単純に汗なのかそれとも昨日のことを思っての緊張から出た冷や汗なのか分からない俺のそれを、宗平がノートで扇いでくれる。 あれ…?意外と普通…? 俺に痕を残した人物が彼女でないと知らされ、しかも昨日の長岡のやたらと近い距離感にさすがに何か気付いたのでは、と心配していたがそういった反応はまるで無い。 何かしら行き着いた結論があったのなら、まずそれについて問い質してくると思っていたのに…。 だがそこまで考えて先日の優奈ちゃんとマイマイの一件を思い出す。 そう言えばあんなに良い雰囲気だった優奈ちゃんに対しても宗平はあっさりした反応であった。 宗平は相手の「境界」をきちんと理解して距離を取ってくれるようなので、もしかしたら今回も「言いたくない。」という俺の気持ちを汲んでくれたのかもしれない。 それなら俺がすべきことは宗平の善意に応えることだと思い、昨日の事など無かったように努めて普段通りに振舞った。 午後になり、昼食を食べていると文化祭実行委員だというクラスメートにメモ用紙程度の紙を渡された。 用途を尋ねるとやりたい出し物案を書いて提出して欲しいとのこと。 「28,29って文化祭だから、そろそろやること決めて準備始めないといけないもんねー。」 光汰が弁当の卵焼きを口に放り込みながら言う。 やりたいことか…。 「どーしよー。定番のメイド喫茶?」 「食べ物提供できるクラスの抽選からはもう落ちてるからそれ以外だよ。まぁ検査とかめんどくさい事無くて嬉しいけどね。」 白紙のメモ用紙を見つめながら言った光汰に瑛二がすごく現実的な言葉を返す。 「春人はなんか良い案あるー?」 と光汰に聞かれたので少し迷ったが「ピタゴラスイッチ…。」と正直に答えた。 「は?」と言いたげな表情で俺を見てくる3人になんだか恥ずかしくなって顔に熱が集まってくる。 「いや、あの、仕掛けを作って…玉を運んでくあれ…。大規模なやつを作ってみてぇなって…。ずっと思ってて…。」 ピタゴラスイッチという番組のオープニングとエンディングで必ず流れるあの感動的な仕掛けを思い出しながらそう伝えるが3人の表情はなんとも生温い。 そりゃそうか。高校生にもなって何言ってんだ。 「…春人は…あれだよねー。無害系バカ。」 「は!?」 光汰に言われた言葉に思わず反応する。 いや、成績は4人の中で1番ですけど!? 「うん。だから成績良い系バカ。でも可愛げあるバカだから自信持っていいよ。」 瑛二まで言ってくる。 なんなんだ! 「じゃー俺らの案はそれで決まりで良いな。」 そう言って宗平がペンを取る。 言葉の意味がわからず1人困惑していると3人が『ピタゴラスイッチ』と紙に書いた。 そしてなんとそのままそれがこのクラスの出し物として採用されたので俺はこの後更に驚くことになる。 ていうか皆、ピタゴラスイッチはただの番組名なんだよ…。

ともだちにシェアしよう!