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10/4(金) 4

「春人くん。お友達来てるけど部屋上がってもらう?」 珍しく部屋へ来て顔を見せた長岡の母親に突然そう言われて驚く。 時刻はもう9時を回っていて、こんな時間に誰だろうかと思いながら階段を降りて玄関に向かうとそこに宗平が1人で立っていた。 目が合った途端に何かに押さえつけられているような圧迫感を感じ、足が竦んで動かなくなり階段の途中で止まってしまう。 「春人…。」 そんな俺を見た宗平は少し迷った表情をした後に靴を脱ぐと階段を上がってきた。が、俺は宗平に向き合うことができず階段を駆け上がり自分の部屋に向かう。 それをすぐに追いかけてきた宗平は、部屋に逃げ込んだ俺が鍵を閉めるより早くその身を滑り込ませ俺の腕を掴んだ。 「春人。ほんと、悪かった。」 目を合わせられずに俯く俺にそう言うと、宗平は掴んでいた腕の力をゆっくりと緩める。 宗平が謝ることなんて何も無い…俺が宗平に言えないからこんなことになっているだけなのに…。 そう思うのに口を開けば震えた声が出てしまいそうで何も言えない。 「…言いたくないってのは、充分理解した。」 そう静かな声で言ってきた宗平に、また罪悪感を刺激されて胸が苦しくなっていく。 「謝るなら…もうこの話題には触れんなよって思うかもしんねぇけど…それでも1つだけ、確認したい。」 そう言って屈んだ宗平に、まだ"相手"を聞き出そうとしているのだと思って緩く絡んだままの宗平の手を振り払う。 「出てってくれ。」 話すことなんて…話せることなんて何も無い。 「春人。」 「お願いだからっ…もうこの話に関わらないでくれ…!」 宗平が俺と長岡とのことを知ったらどうなる?宗平は俺のみならずチームメイトである長岡との関係も壊してしまうだろう。 楽しそうにバスケをする宗平が好きだ。 それを俺が壊すことなんて──… ずるい考え方だが…学校帰りに瑛二がくれた言葉が、くずおれそうになる俺の膝を支える。 「春人…。」 それでも呼びかけてきた宗平から1歩離れて距離を取る。 「もう…俺からは話しかけないようにするな。」 そう伝えた俺に怒った表情の宗平が、開けた以上に距離を詰めて俺の両肩を掴んだ。 「そんな話してんじゃねぇだろ!」 分かってる。分かってるけど、俺にはもうこの問題に正面から向き合う気力など残っていない。 俺と宗平が…俺が転校してくる前に戻れば、何も問題なんて無くなるんだ。 肩を掴む宗平の指を外して暗い目で見据えると宗平は諦めたように息を吐いて「また来る。」と言って部屋を出ていった。 窓から見送った宗平の影を、涙の滲む視界に映してから俺はベッドに倒れ込み枕に顔を押し付けた。

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