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10/20(日)

金曜日は少し帰りが遅かったため夕飯時に姿が見えなかったし、昨日は1日会わなかった長岡と、今朝になって洗面台の前で鉢合わせた。だが、長岡の頬は若干腫れていて口元には切り傷のような赤い痕。 それを見て、長岡に会ったら必ず怒鳴りつけてやろうと決めていたはずの怒りが引っ込んでいく…。 「…どうしたんだ?それ…。」 迷ったものの気になったので聞いてみると長岡は鋭い視線を俺に向ける。 それに俺はビクリと肩を震わせ、答えも聞いていないのに洗面所を出て行こうとしたが、長岡が後ろから俺の顎を掬って首元に口付けてきた。 「ちょっ…なに…っん"っっ」 退けようと動かす手に構わず首元を舐めた長岡により、ズクリ…と穿たれるような鈍い痛みを久々に与えられた。噛まれているその痛みに「ふっ…」と鼻から抜けるような声を上げる。バシバシと長岡の頭を叩いた俺の手を掴んで、チュッと音を立て口を離した長岡が俺を見下ろした。 「笠井と付き合うんだ?」 「っ…お前まで…何言って…」 少し顔を赤くした俺がそう言ったのを聞いて、長岡は目を細めると、未だに俺の腕を掴む手にギリギリと力を込める。 「い"っ…」 「フラついてんじゃねーよ。お前は俺のモンだろうが!」 怒りにも似た低さでそう言うと今度は掴んだ腕を上に引き上げて噛み付いてくる。 犬かコイツは…! 「っはな…せ!」 グッと力を込めて振り解くと、普段は絶対離れないそれが、今日は案外あっさり外れて逆に驚いてしまう。 だがここに留まるなんてしたくないので俺は慌ててその場を後にした。 「痛ぇ…」 部屋に戻って鏡を確認すると首には赤い歯型がくっきりと残されていた。 あいつまた加減しないで噛み付きやがって。ていうかお前のモンじゃねぇし、フラつくとか…そんな…。 そこで昨日の宗平とのやり取りを思い出し、恥ずかしさが込み上げてきてベッドに飛び込んで枕に顔を押し付けた。 『付き合ってよ春人。』 宗平の言葉が頭の中に木霊する。 あんなにはっきり交際を申し込まれたのは初めてだ…。 思い出すだけで顔に熱が集まってくるのは今日も変わらなくて、こんなことで明日からまた1週間を無事に過ごせるのかと不安になる。 「……。」 だが、ふと枕から顔を上げてなんとなく…耳に触れる。 当然だがそこに開けられた穴は今日もまだ塞がっていなくて、少し窪んだそこに指が引っかかる。 「(あきら)…。」 もう2度と会うべきではないと、そう言いながら泣きじゃくる俺を諭して悲しそうに微笑んでいた、その人の名前を口にした。

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