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12/1(日)

頼み事をした俺を、長岡は怪訝な目で見つめた。 「…なんつった?」 「だから…俺の首、を…、噛んでくれ。」 長岡に聞き返される前に1度言っているというのにやはりこんなことを頼むのは恥ずかしくて目を逸らしたまま指で首元を示す。 フッた直後に長岡との情事の痕を見つければ…たぶん宗平も諦めてくれるだろうと考えてのこと。 だがそれで長岡は粗方の予想がついたようで口角を上げ目を細めた。 「笠井のことフッたんだ。」 「…うるさい。」 冷たい声で言い返し長岡をきつく見るが、大して気に留められず、ひどく満足そうな顔をされ「噛んでやるから来い。」と手招きされた。 宗平に確実に諦めてもらうためとはいえ…こんなことを頼む日が来るなんて屈辱だ。 ベッドに深く腰かける長岡の足の間に膝を付いて向かい合う。 「…。」 なんで向かい合っちゃったんだ、俺。恥ずかしくて全然長岡の顔が見れない。いや、でも背中を向けるのはあまりにも無防備だ。 そんなことを悶々としながら考えていると腰に腕を回されたままベッドに転がされる。 「ちょっ…噛むだけ…!」 「誰がお前の思う通りになんか動いてやるかよ。」 あぁ、そうだ。長岡はこういう奴だった。 長岡の下で暴れてはベッドから抜け出そうと試みる。 「離せ…!」 「うるせーな。ちゃんと噛み痕もつけてやるから安心しろって。」 こんな状況で安心なんかできるかバカ野郎。 俺はただでさえ…宗平をフッたばかりだと言うのに…。 「忘れろよ。笠井のことなんて。」 そう冷たく言い放った長岡の言葉に指先が微かに揺れた。 忘れる…?宗平を…? 友達もやめるのなら、もう話すことも無くなるのなら…、来年のクラス替えで違うクラスにでもなれば、俺たちは本当に互いに二度と関わることなど無くなるだろう。 そうしたら、いつか本当に忘れてしまうのだろうか。 昨日のことを、あの痛みを、宗平の声を、姿を──… 想像しただけでぼろぼろとまた涙を流しだした俺に長岡は苛立ったように舌打ちをする。 「おい。今目の前に居んのは俺だろうが。」 「っ…分かっ、てる…。っ…。」 嗚咽混じりに答え、涙を拭っているとその手を退かされて長岡が俺の瞳を覗き込む。 「俺だけ見てろっつったろ。」 「っ…も…どういう意味なんだよ、それもぉ…。」 やっぱり長岡の真意が分からなくて苦しさと苛立ちとでぐちゃぐちゃになっていく心。 「俺以外お前の周りから居なくなれば良いって意味。」 「……それって…俺を孤立させたいって、ことなのか?…それとも……」 「さぁ?お前の好きに解釈してくれて構わないけど?」 そう曖昧に濁すと長岡は俺に口付ける。 …こんなのは、ダメだと分かっているのに…それでも普段よりずっと力なく押し返してくる俺を見て長岡は「ははっ…」とせせら笑うような声を上げた。

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