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1/24(金)

「もう俺我慢できねぇわ。」 そう……光汰の横に立つ宗平が呟いた。 放課後…と言っても校舎に残っている人などほぼ居ないその時間にかかった教室への突然の呼び出し後に言われたその言葉は、何を言っているのか分からなかったけど、ここに瑛二だけが居ないことに俺は不安を覚えていた。 「何の話…?」 少し戸惑いながら見た俺を、宗平が静かな目で見つめる。 「俺が春人を好きだってこと、光汰と瑛二に話した。」 その言葉を聞いて目を見開いた俺に宗平は更に「俺がフられたから最近春人と話もしてないんだってことも。」と付け足す。 宗平の隣に立ち一緒に俺の反応を伺っていた光汰に目を向けると、どうやら嘘ではないようで、特に驚いた様子もなく静かに事の成り行きを見ている。 「なんで…じゃあ…瑛二は!」 「…瑛二は、俺の気持ち理解できなくて帰っちまった。」 困惑しながら尋ねた俺に告げられたその内容にショックで膝が折れそうになる。 …嘘だろ…瑛二が…。 グループは2つに別れてしまっていたが、瑛二と宗平が全く会話することが無くなったのかと言えばそんなことは無く、ただ俺が1人にならないように瑛二が一緒に居る時間が増えただけで、用があれば瑛二と宗平は互いに話をしていたし雑談も交わしていた。 それなのに…そうやって残った関係すらも、宗平は自ら捨てようと言うのか…。 理解ができなくて睨むように見た俺の視線を宗平は悠然と受け止め、俺はその表情に更に憤る。 「っだから…、俺と付き合ったらこうやって宗平が色んなもの失っちゃうから!だから嫌だったんだ!!俺はもう何も奪いたくないんだよ!!」 怒りなのか動揺なのか、俺の喉から吐き出された声は酷く震えていた。 「でも俺が春人を好きな気持ちは変わんねーよ。」 「だから!!っ……」 だから…その気持ちが…そんな気持ちさえ無ければ宗平が瑛二を失うことなんて無かったんだ。 こうやって、俺はきっとこの先も宗平から沢山のものを奪っていく。 「そんな…『好き』とか…そんなものの為に友達を失って良い訳ないだろ!?瑛二と…宗平が…」 「春人!」 言葉を詰まらせていく俺を宗平が1度大きな声で呼んで、それにビクリと全身が震えた。 「俺の気持ちを、勝手に"そんなもの"とか言わないでくんねぇ?」 少し低い声で不快の意を伝えてきた宗平に申し訳なくなるが、俺も自分で自分を止められない。 「そんなものだろ!?こんな…男で…、付き合っても宗平に何か与えてやれるどころか奪うばっかで…何も残してやれない!こんな…こんな俺みたいな奴のために何も失わないでくれよ!俺は優柔不断で、意思だって弱い。そのくせ狡くて…」 溢れ出した涙が流れ落ちるのと同じように、言葉も次から次へと溢れてきては流れていく。 この言葉たちが今も宗平の大切な気持ちを傷付けていってるのは分かっていたのだけど、それでも酷い言葉で傷付けないと宗平は離れていってくれないと思った。 しかし俯いて自分の嫌いなところを言い続ける俺を宗平が歩み寄って抱きしめた。 「ストップ。俺の好きな人のこと、これ以上悪く言わないで。」 「っ…もう『好き』なんて聞きたくないぃ…。」 「いや、聞いて。伝わって欲しいから。」 宗平のその言葉が、嬉しいのに同時にとても苦しい。 俺を抱きしめる宗平の腕の、もう2度と離れないのではないかと思う程のその力強さにホッとしてしまいそうになるが、懸命にダメだと自身に言い聞かせ体を離そうとする。だがそれよりも強い力で宗平が俺を抱き込むのだ。 「…春人。俺と瑛二の関係は俺のものだ。俺が失っただけ。」 「…?」 言いながら俺の背中を撫でてきた宗平の言いたいことがいまいち分からなくて抱きしめられた胸の中で少し顔を動かして宗平を見上げる。 すると宗平も少し体を離して俺と視線を合わせた。 「春人に奪われた訳じゃない。」 教えるように言われたその言葉に…涙が更に溢れてきた。 「ちが…、俺が…俺が居なかったら…」 「違う。俺が瑛二との関係をきちんと作っておけてなかった。それだけだ。」 俺を見据えたまま、宗平が強く言い切る。 「それに…瑛二と2度と話も出来ないなんて…決まったわけじゃないだろ?」 「……。」 答えない俺の涙を片手で掬い自信あり気に笑うと、宗平はまた腕で囲うようにして俺を軽く胸の中に収めた。 「春人。俺が失ったものや、失うだろうものにまで責任を負おうなんてのはただのエゴだ。俺は俺が失ってくもので春人を責めたりしない。春人が自分を責めるのも許さない。春人だって俺を責めないだろ?対等でいさせてくれよ。」 「……対等…?」 「…失うものは、俺も春人も同じだけあるはずなのに、俺は春人が失うものがあるっての分かってて、それでも春人と一緒に居てぇって考えてる。すげぇ自己中なの。だから春人も俺のことばっか優先して自分の気持ちを押し込めないでくれ。俺は、春人の本当の気持ちが聞きたい。」 宗平の腕の力は、緩く囲われている程度なので全く苦しくなんかないはずなのに、俺は何かがキュウキュウと胸を締め付けていくようで、苦しくなっていく。 「でも…俺と居ても宗平は絶対幸せになんてなれないっ…。」 それでも涙を流しながら突っぱねようとする俺の背中を宗平がポンポンと叩き、俺の顔を肩口に押し当て宥めるように髪を梳きながら頭を撫でる。 「同じこと言わせんな。世界は全部自分が幸せにする義務があるとでも思ってんのか。バカ。」 暴言混じりに言われたその言葉に思わず笑いそうになり、口元が少し緩んだ。 …宗平なら…本当に瑛二との関係も修復できてしまうのかもしれない。 当然瑛二以外と揉めることだってあるだろう。 その時はきっと少し弱るけど…それでも宗平は毅然と全てに向き合おうとするのかもしれない。俺との未来を選ぶ為に。 俺は…?俺はどうだろうか? 『やりたいことは全部やりな。』 瑛二…やりたいことを全てやった先はどうなるんだろう?その先に…今は瑛二の姿が見えないけど…でも、宗平となら、瑛二とももう1度その先で笑えるんじゃないかって気がしてしまう…。 確証なんて無い。 不安もある。 でも──…… 「……そのバカでエゴな人間を好きなのはどこの誰なんだよ…。」 そう言った俺に宗平は体を離して「俺。」と笑いながら額を合わせてきた。 「俺のこと好き?」 以前に尋ねてきた時のような息苦しそうな表情とは明らかに違う、いつものスッキリとした笑みで聞いてきた宗平。 「……ん…。好き…。」 少し恥ずかしくなりながら、でも目を見て伝えると宗平は嬉しそうな顔をした。そしてそのまま2人で見つめ合う。すぐ目の前にある宗平の顔。 「……。」 見つめ合ったまま、言葉は交わさない。 ゆっくり…宗平の体が動いた…。 「あの、すみませんね。それ以上俺の前でイチャつくのはやめてもらって良いですかー?」 ハッとして勢いよく体を離し、宗平の後ろに視線をやると光汰がうんざりしたような顔で俺たちを見ていた。 「宗ちゃん。とりあえず瑛二にも上手くまとまったって連絡しとくからねー。」 「あぁ。ありがと光汰。」 「はいはーい。」 光汰はそう言いながら手を振って教室を出て行った。 「え…?どういうこと…?」 「悪い。嘘ついた。瑛二は妹たちのお迎えで今日ここに居なかっただけ。」 「っはぁ!?」 「でも俺が伝えた気持ちに嘘は無ぇよ。」 そう言って宗平は再び俺の顔の正面に自身の顔を持ってくる。 「そういうこと聞きたいんじゃなくて…。」 「俺はそういうこと伝えたい。」 またそうやって宗平のペースに持っていかれる。でもそれが少し嬉しくて、真っ直ぐな宗平の声と視線を、恥ずかしく思いながらも受け止める。 「……伝わった。」 少し綻んだ宗平の顔がゆっくり動いて視界が塞がれていく。 近付いてきた宗平の、触れた唇の柔らかさに、確かな幸せを感じていた。

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