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2/24(月) 2

勝手に買ってきたチケットを押し付けられた俺は、それでも「行かない。」と断ろうとしたのだが、係員や周りの来場者がゲート付近で立ち止まる俺たちをチラチラと横目に見てきたのが視界に入り、人の多いこの場所で揉め事を起こすのが躊躇われてしまう。 チケットを突き返しても長岡はきっと受け取ってくれないだろうし、そうしたら俺はこれを片手に帰るしか無いのだろうがその場合のことを考えると半券に印字された金額の表示が酷く俺の良心を苛んだ。 そんな俺に溜め息を吐くと長岡は「別に何もしねーよ。」と言いながら抵抗を見せる俺の手を力強く引いて入場ゲートを通過した。 宣言通り中に入ってしまえば先程まで掴んでいた手をあっさり離して俺の少し前を歩いていく長岡。薄暗く灯った照明により、普段から大人びて見えるその顔は一層落ち着いた色気のあるものに見えてくる…。 だが何を考えているんだとハッとした俺は慌てて目を逸らして不機嫌顔に戻る。 やがて暫くぶらぶらと歩いた後に長岡は「春人。」と俺の名前を呼んで軽く手を引き他の場所より人が多い通路へと連れてきた。 「今日までの特別展なんだとよ。」 長岡が俺を連れてきたのは通路全体に点々とした光の灯る、発光する海洋生物だけを集めた幻想的な展示スペースで、海の中にいるはずなのにまるで宇宙にいるかのような空間を演出していた。その美しさに先程までの気まずさを忘れて俺は思わず「わぁ…。」と感嘆を漏らした。 「綺麗だな…。」 そう俺が呟くと長岡は俺を見て満足そうに微笑む。そんな長岡と目が合った俺は顔ごと視線を逸らした。 「…これが…見たかったのか…?」 「別に。言ったろ。お前と居んのが目的だって。」 だから…それってどういう意味なんだ…。 俺の隣に立って静かに水槽を見上げる長岡と、先程までの感動に耽る柔らかな音とは違った激しい音を響かせる心臓を抑え込むように手を握り足元ばかりを見る俺。 「そろそろ行くか。」 暫くして長岡はそう提案してきたけれど──… 「まだ…ここに居る…。」 赤くなってしまっているかもしれない頬から熱が引くには…たぶんもう少し時間が要る。一層暗い照明のおかげできっと見えてはいないけれど…。 長岡はそんな俺と目を合わせた後に「しょうがねぇな。」と言ってクスリと笑った。 結局この日俺たちはただ水族館に行って帰って来ただけで、その他には何も無かったのだけど……きっと…これは宗平には言えない。言ってはいけない。 例え体の繋がりが無かったのだとしても、1ヶ月目という宗平が楽しみにしていた日に宗平が1番嫌悪するだろう長岡と一緒に時間を過ごしてしまったなんて…とても言えなくて、俺は夜に宗平から受けた電話でも「今日は1日部屋で勉強してたよ。」と…嘘を、重ねた。

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