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3/30(月)
家の中で長岡の姿を見つけて、グンッとその服の裾を掴んだ。
「…何。」
部屋に戻ろうとしていたらしい長岡は不審そうに俺を見る。
長岡を避けたいはずの俺から突然こんなことをされたら疑問に思うのは仕方の無いことだろう。
「あの…ちょっと、話が、したい。」
長岡に対し何を宣言すべきかについてはマイマイと話して決めてはあったが、いざそれを長岡本人に伝えようとすると緊張するし、何より長岡が本当にこれを聞いて素直に引き下がってくれるのか不安だった。
わざわざ呼び止めなくても…長岡から俺に接触してくるのを待てば良かったのだけど…、そんなことはとてもする気にならなかった。
そうして長岡を見つけた瞬間に小走りで駆け寄り、たどたどしく言った俺を静かに見下ろす長岡は「俺これから出掛けんだけど。」と言ってきた。
「え、あ、まじか。じゃあ…。」
帰ってきてからでも…と言いかけた俺に長岡は「お前も来る?」と尋ねた。
それに対して俺は、長岡や俺の部屋で話をするより外で話した方が長岡が逆上した時に襲われるリスクを減らせるかもしれないと考えておずおずと頷き、長岡と共に玄関を出た。
向かった先はスポーツ用品店。部活用の新しいシューズを買うのだとかなんだとか。
真剣にシューズを履いて試したりしている姿を見ながら「長岡もこうして見てる分にはかっこいいのにな。」と失礼なことを考える。
「なぁ、お前どっちのが好み?」
ボーッと見つめていると最終的に2つに絞ったらしい長岡が両手に靴を持って俺に意見を尋ねてきた。
「…そんなん自分の好きな方に決めれば良いじゃねーか…。」
「俺はどっちでも良いからお前に聞いてんだよ。」
だからって俺の好みの靴を履くって…なんか気分悪くないの?そう思いながらも「こっち。」と右手に持たれた靴を指差すと長岡は「そうか。」と言いながらそちらを戻して左手に持った靴の方を会計に持って行った。
「おっまえ…、参考にする気無ぇなら聞くなよ。」
店を出ながら不満ありげに長岡にそう言うと長岡はチラッと俺を見下ろした後に遠くを見つめる。
「参考にしただろ。お前とは好みが合わねぇからな。一生。」
そう…俺とは視線を合わせることなく答えた長岡に、俺は目も合っていないのに全てを見透かされているような気分になってドキリとする。
「で?話って何。」
「あ、えっと…。」
そうだ。元々の目的はそれであった。
チラリと周りを見て人気が無いことを軽く確認すると路上で立ち止まって長岡を見る。長岡も俺と同じように足を止めると振り向いて俺の目を見つめた。
「俺は、本当に…、小学生時代長岡にしちゃったこと…悪いと思ってる。」
そうモゴモゴと途切れ途切れに切り出した俺の話をそれでも長岡は黙って聞いてくれる。
「長岡に…やり返されんのも当然だと思ってたし…、それに何か、別の形でも応えなきゃって…思ってたのも本当だけど…、でも…俺、その為に宗平を犠牲には…できない…。」
真っ直ぐに見てくる長岡の視線が…だんだんと突き刺さるように感じてきて目を逸らす。
「俺は…宗平が1番…大切だから。」
だがそう告げると同時に意を決して顔を上げ長岡の目を見つめ返す。
「で?それってつまり俺とのこと全部笠井に話すから新しく秘密を作ろうとしてももう意味は無ぇよってことか?」
「え?え、いや、そうじゃなくて…。」
あ、何本当のこと口走ってんだ。俺のバカ!
「えっと、だから…。」とまごつく俺を見て長岡が溜め息を吐いた。
「……本当、お前とは好みが合わねえなぁ。」
長岡はそう一言言うと前に向き直って歩いていってしまう。
「え、え?ちょっと…長岡…。」
「要はもう俺には付き合ってらんねぇってことだろ?」
その核心をついたような言葉に何も言えなくてグッと唇を引き伸ばしただけの俺の表情に、振り返りこちらを見た長岡はフッと笑った。
「まぁどっかでお前がぶっ壊れんのは止めねーとって思ってたし…。」
「え?」
「お前放っといたら自殺でもしそうな雰囲気だったしな。早く別れちまえば楽なのにいつまでも笠井にしがみついて…。」
そこで言葉を切った長岡は眉を寄せ薄く笑ったまま俺をじっと見た後に再び前を向く。
俺が死を選ぶことは…どうやら長岡の望むところではなかったらしい。
だが俺がそちらを選ぶ可能性を孕んでいたと知りながらそれでもやめられない何かが長岡を苛んでいたのだと知り驚く。
新しく秘密を作ったのは長岡自身であるはずなのに、俺は長岡に何か同情のようなものでも湧いたのか…それとも全く別の感情か…、前を歩くその背中を、ただ黙って見つめた。
「俺もただ待っときゃ良かったのにな。」
背を向けたまま長岡がそう呟くので「……待ってたって…長岡の元には行かねーし…。」と本心のまま返すと長岡はまた小さく声を上げて笑った。
どこか、すっきりした笑顔で。
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