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春人 1

小学3年生に進級する時、親の会社が1部上場したため『それなりの教育と環境を』という考えから転校をした春人であったが、編入生の少なかったその学校では嫌に目立ってしまい、春人の一家を「成金」として中傷する生徒が出てくるまでそう時間はかからなかった。 幸いにも誰かから危害を加えられることは無かったし、グループワークがあれば共に取り組む。会話もする。だが、ただそれだけ。 春人の小学生時代は一言で言えば「寂しい」ものであった。 そんな春人の心境が一変したのは小学6年生の夏。 勉強のためにとほぼ毎日通っていた学校の図書室に彼が、礼真が、現れた時だった。 「うゎっ。お前小等部の子だろー?テスト期間でもないのに1人で勉強してんの?」 高校までの一貫校であったその学校の図書室は区分けのみをされ1つの建物に纏められており、小学生の春人と、当時高校1年生の礼真が出会ったことも、あまりおかしい事ではなかった。 それから春人と礼真は時折図書室で共に時間を過ごした。 春人と初めて出会った日、礼真は友人の付き添いで偶然図書室に来ていただけだったらしいのだが、友人と呼べる存在が居ないのだと話した春人に興味を持ったのか、頻繁に春人と会うために図書室に通うようになっていった。 「礼真のお陰で最近学校に来るのが楽しいんだ。」 「ははっ。かわいいこと言うな。お前は。」 そう言っていつも髪をくしゃくしゃと混ぜてくる礼真が、春人は大好きだった。 色の無かった毎日を、明るくしてくれた恩人。 そんな春人に更なる変化が起きたのは、春人が中等部へ進学した時。 「礼真!俺、友達出来た!」 中学受験を経て入学してきた生徒たちが加わったことで、春人の周りにも新たな出会いが生まれた。 その中で出会ったのが、山下晶。 満面の笑みで飛び跳ねんばかりに全身で喜びを表現する春人に、礼真は笑顔を浮かべた。しかしその口から出てきたのは「へぇ…。」という素っ気ない一言のみ。 この時の態度の(いびつ)さを、早々に気付けていたのなら…、と、春人は今でも後悔せずにいられない。 「晶が剣道部一緒に入ろうって誘ってくれて、早速入部届け出してきた!」 「…防具臭そ。」 相変わらず時間を見つけては図書室に通い近況を逐一報告する春人。 礼真は相変わらず笑顔で、からかうような一言は滲み出る嫌悪を隠すように軽やかなものだった。 「先輩ですげえ怖い人が居んの…。何かの大会で晶に負けたことがあるらしいんだけど、それ根に持ってんのか『先輩より目立つな。』って何かある度に1年全員に怒鳴って竹刀振り回すんだ…。」 「それは……怖いなぁ…。」 落ち込み、初めて直面した過度な上下関係の要求に対し恐怖する春人。 礼真は常に優しくて、先輩が皆後輩に対して優しいものなのだと思い込んでいた節のあった春人は、向かいに座る礼真を両腕で頬杖をつきながら見上げる。 「礼真が剣道部にいてくれたら良かったのに。」 思ったままに呟いた春人に対し「やだよ。汗くせぇ。」と返すと礼真はまたいつものように春人の頭をくしゃくしゃと撫でた。 目を細め、唇で弧を描いて。 そしてまた月日が流れる。 「あ、ごめん…。その日は晶と出掛ける約束してて…。」 「…でもこの日は春人の誕生日だろ?」 「うん。でも晶の方と先に約束しちまったし…。晶とは昼過ぎから会うから午前中なら空いてるけど…。」 その春人の返答に礼真は「そっか。」と言って笑った。春人は申し訳ないなと思いながら、前日の土曜日なら会えると言ってみたが、礼真はその提案には乗らなかった。 「楽しんで来いよ。」 送り出すような礼真の言葉に、春人はなんだか気恥ずかしくなって笑った。 「最後だから。」と付け足された言葉には、気付かなかったから。

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