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春人 2

6月に入り、ある日突然晶が学校に来なくなった。ラインを送っても既読にすらならない。電話も繋がらない。 不審に思っていた春人が漸く手に入れたのは、事故に遭った晶が入院しているらしいという情報だった。 連絡が取れなかったことに納得すると同時にすぐに病室を訪れた春人が見たのは、左足の膝から下を失った友の姿だった。 「立ち入り禁止だったんだけど中が気になっちゃって…。そしたら資材の山崩しちゃって…。」 休工中の建設現場に入り込んでの単独事故で自業自得だと晶は笑う。 泣きたいのはきっと晶のはずだから、泣いてはダメなのだと思ったが、怖い先輩にも屈しないで、絶対に自分が大会の団体戦メンバーになるのだと言っていた晶の言葉がこんな時ばかり思い出されて、春人は涙を堪えることが出来なかった。 そんな春人の背中を、晶は少し涙を浮かべながら優しくさすってくれた。 「春人。ごめんね。僕はもう学校には行けない。君を1人ぼっちにさせちゃうけど…、寂しくなったらいつでも連絡してね。」 晶はこんな時でも自分のことを心配してくれるのだと、春人は更に涙が溢れた。 しかし、春人は少しばかり"1人ぼっち"と言った晶の表現が気になった。晶は普段、そのような断定する言い方をする人ではなかったから。 「ありがとう。晶も自習で分かんないとことかあったら言ってな…。俺は寂しいけど…礼真もいるし、きっと大丈夫。」 春人がそう言って笑うと、晶は少しばかり目を細め「そうだね。」と頷いた。 そしてその数日後、病室での晶の姿を思い出して、いつものように図書室に来た礼真の向かいで春人がポツリと呟く。 「晶はなんであんな強いんかな…。剣道やってると心も強くなんの?」 「春人まだ剣道部入ってんの?もう辞めちまえば?」 「そんな…やだよ。晶が誘ってくれたから始めたのに…。」 晶が好きだと言っていた剣道を、晶が居なくなったからといって辞めてしまうのは、望んだって以前のようにすることが出来なくなってしまった晶にも悪い気がした。 「…でもどうせ下っ手くそなんだろ?1人じゃ何も出来ない春人がかわいいのに。」 髪を掻き混ぜてくる礼真の手を払いながら「出来ることだってありますー!」と言い返した春人に、礼真は嬉しそうに笑っていた。 そして夏休みが間近に迫ってきたある日。 礼真が海外にある別荘に長期滞在をしないかと提案してきた。 「……夏休み中、ずっと?」 「そ。色々観光してたら夏休み全部つぎ込んでも足んねーぞ?」 「うーん…でも父さんと母さんに1ヶ月も会えないのは寂しいなぁ…。」 「おい春人。中学生にもなって、んなガキっぽいこと言ってんなよ。」 渋る春人を笑って冷やかすように言った礼真の言葉に春人は少しムッとしてしまうが、それでもまだ礼真の提案に乗る気にはならない。 「…それに、せっかく夏休み入るんだから晶にもたくさん会いたい。」 そうだ、剣道部の練習だって入るはずだ。参加しなければまた先輩に何を言われるか分からない。 そう思って春人が顔を上げると、笑みを浮かべた礼真と目が合った。 いつもの、優しい笑み。 きっと「それなら仕方ない。」と言ってくれると春人は一瞬安堵する。 「片足じゃ足んなかった?」 しかし出てきたのは、そのたった一言のみ。 「え?」と言いながら小首を傾げた春人の髪に、礼真がいつものよう手を伸ばす。 「春人。山下晶の足をダメにしたのは、春人がずっと怖いって言ってた先輩。」 「……え?」 礼真は何を言っているのだろうと、ただそれだけが頭に浮かんだ。 春人の瞳が捉えたのは、ただ礼真の深くなっていく笑みのみ。 「山下晶が入院してる病院の理事長がその先輩の爺さん。原因が事故じゃないってことを揉み消すのなんて、訳無いってこーと。」 語尾を少し上げて楽しそうに語る礼真の向かいで春人は呆然とする。 何?何の話? ひたすらにぐるぐると疑問ばかりが春人の脳内を巡る。 晶のしてくれた話と礼真が今目の前でする話が一致しない。同じ話だと思えない。 晶自身が事故で足を失ったのだと言っていた。 もし礼真の言うことが事実であるなら何故、晶は原因を事故だと言ったのか。 いや、それよりも何故──…… 「なんで…礼真がそんなこと知ってんの……。」 問い掛けた春人。 その春人の髪を、礼真がゆっくり梳いた。

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