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◀◀7/29(水) 2 from宗平

山下晶と少年が名乗るとすぐに黒のセダン車が俺らの横に停まり、車に乗るよう促される。 不信感でいっぱいだったが「宮田春人をご存知ですよね?その件です。」と言われたので、黙って車に乗り込んだ。 「車は適当に流しますね。どこかに連れて行きたい訳では無いので。僕はただ話がしたいんです。礼真についての話を。」 現在、俺の中に大きなわだかまりの1つを作るその人の名前が急に飛び出してきてギクリとする。 「あなたは…。」 「あれ?名乗りませんでしたっけ?僕は…。」 そう言いかけた彼は俺の聞きたいことが名前ではないと思い至ったらしく言葉を切った。 「春人の中学時代の友人です。」 「春人…中学に友達居なかったって言ってましたけど。」 「それは『学校に』という意味じゃないですか?それに僕たちは入学後間も無く互いに連絡も取れなくなっていたので春人が僕を未だに友人と思っているのかも疑問ですからね。」 少しばかり遠くを見ながら答えた彼に、2人の間に何か特別な関係があったのだろうかと勘ぐる。しかしそんな俺には気付かないまま彼は話を進める。 「ところで笠井さんは礼真の存在について春人からどれくらい話を聞いていますか?」 突然の問いかけに対し「…別に。何も。」と、正直に答えると彼は少し眉を上げて俺を見た。 「本当に?何も?」 その意外そうな顔が嫌で「なんでですか?」と若干睨みながら聞くと今度は訝しがる顔をされる。 「間違っていたのなら申し訳ないのですが…、僕はあなたと春人が交際しているのではと予想していたんです。」 言われた言葉に驚いて見ると「あ、交際は合っていましたか?」と俺の反応から確信したらしい彼は顎に手を当てた。 「旅行にも行っていたのでこれは少しまずいなと思ったんですよね。でもそもそも周りに知られたくないのなら屋外での過剰なスキンシップは控えた方が良いのではないでしょうか?」 「…ずっと監視してたって言うんですか?」 「いえ。あなた方に関しては四六時中見ているようなことはしませんでしたよ。両親から離すことやスマホを与えずにネット社会から隔絶したことである程度春人の存在は隠せていましたから。」 「…両親?ネット…?」 言葉の端々に疑問を覚えて問い掛けた俺を彼は横目で見る。 「笠井さんは春人がスマホを持っていないことを疑問に思ったことはありませんか?料金を抑えたいだけなら方法は他にもあるのに…とか。」 唐突に話題を変えられ、何事かと今度は俺が不審がる視線を送る。 だがそれは俺がずっと疑問に思っていた事でもあった。 「親がこれしか許してくんなくて。通信料かかるからってラインもツイッターももう出来ないし。けどバイトすんのもダメって言っててさー。」と春人本人もガラケーであることを不満そうにしていた。 「あれは過去の繋がりを全て断ち切って貰うためです。そして新たな情報が春人から発信されるのを防ぐため。」 「は?なんで…。」 「礼真が春人を見付けにくくするためですよ。悪あがき程度の効果しかありませんが、少しは役に立ったようです。」 言っている意味が分からない。 れいまという人は…春人を探しているのか? 疑問の表情を浮かべ続ける俺に彼は続ける。 「春人は、春人の両親が自身の会社を手放してまで選んだ存在です。一から育てた会社を、社員を、信頼に足る役員たちに渡すのだとはいえ、その決断が苦渋に満ちていたことは想像に難くない。そうして選んだ春人とさえ、居場所が暴かれるリスクを下げるために離れて暮らすことを選んだんです。」 春人は、両親が役員に裏切られて会社を追われたと言っていた。 両親ともに別々の場所で住み込みで働くことになったので家族3人、全員がバラバラで住んでいるのだと。 「……つまり、あんた等は『れいま』から春人を守るために、会社を役員に渡して、春人を1人で下宿させてるって言うのか…?」 「そうです。働かせる案もあったんですが企業は礼真に繋がるリスクが高くて…。長岡さん…でしたっけ。あそこの下宿費、結構するんですよ。貧乏学生には払えない程の。まぁ所詮ただの時間稼ぎですが、無いよりはずっと良い。」 「…なんで春人には秘密に…?」 「春人はこれを知ったら自ら礼真の元に戻りかねない。それは、僕は死んでも止めたい。」 ギリリと音が聞こえてきそうな程に強く拳を握りしめると彼はゆっくり視線を俺のと合わせた。 「春人が話していないのなら、僕も多くは語りません。ただあなたは礼真の手札に、そして僕の障害となる可能性が高い。礼真は現在アメリカの大学に行っていますが、母親の裏切りに気付いていたらしくサマースクール終了に合わせて休学し日本に帰国するようです。なので礼真に利用される前に、早めに春人と別れてください。」 「は?あんた突然何を一方的に…。」 「あなたは無力です。そんな人に、僕の邪魔をされたくはない。」 彼から感じるのは……有無を言わせない強い強い…怒り。 「あんたは…。」 「言いましたよね?春人の中学時代の友人です。そして、父に経済産業副大臣、森口信久(のぶひさ)、母に森口商事専務、森口三咲(みさき)を持つ森口家の次男。そして本人も国内外で数社を経営する実業家。それが、森口礼真です。」

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