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8/4(火) 5 from宗平
春人には、俺が山下晶と会ったことは伏せた。
彼に頼まれていた訳では無い。ただ彼の、自分たちのことを春人が知ったら春人は自ら礼真の元へ戻りかねない、という発言が気になっていたから。
「…調べたら、出てきた。政界と財界のサラブレッドって感じの奴なんだな。」
苗字すら知らない名前だけの状態でそこまでの情報など出てこないだろうが、春人の母校も礼真自身も有名だったからか、春人は納得したようだ。
だが山下晶から詳細を聞いてから礼真の存在をネットで調べてみたのは本当。
若き起業家の情報は、調べたら顔写真も含め多く出てきた。そこに映る、自信に満ち溢れたように微笑む青年。
そして春人が礼真との過去を打ち明けていくに連れ、頭の中ではカチカチとパズルのピースを埋めるように空白が塞がっていくような感覚がした。
なるほど。これは確かに山下晶が春人に隠したくなるのも頷ける。
他人の人生を狂わせることに躊躇の無い存在。
それが今も自分を探していると知れば、より多くの被害が出る前に春人は礼真の元へ戻るだろう。
会社を追われるのと同時に決まったと言う礼真の海外編入。そうして有耶無耶になるまま礼真とは絶縁状態となり、結果として今では互いに連絡先すら知らないと春人は言った。
たぶん、この辺りが山下晶たちに仕組まれていたものなのだろう。礼真の母親の裏切り…とも言っていたし、礼真サイドの協力もあったと見ていい筈だ。
しかしそうして逃げ延びた先で春人はまた俺という『男』に捕まっているなんて、なんだか笑ってしまう。
大事な一人息子に道を踏み外させた礼真をせっかく遠ざけたのに…。いやだが、礼真に出会っていなかったとしても、裕大が居たのか…。
そうして浮かんだのは裕大の嫌な笑みと、いつか言われた言葉。
『春人の"初めて"になれなくて残念だったなぁ、笠井?』
「……春人。」
「…?」
俺に声をかけられた春人はゆっくり涙で腫れた顔を上げる。
「…裕大も、この話知ってんの?」
「えっ…。」
途端にまた焦った顔をする春人。そしてまた胸に溜まる吐き出しきれない感情。
俺があげたピアスに触れようと手を伸ばすと春人はビクリと小さく体を震わせてまた泣きそうな目で俺を見た。
「っ…。」
膨れ上がる感情が、もう怒りなのか悲しみなのか分からない。
「っ今日は…、もう帰るな。」
伸ばしかけた手を下げてそう言うと春人は立ち上がり俺を見詰める。
「別れる…のか?」
「…。」
「宗平っ…!」
「また、連絡するから。」
逃げるように立ちその場を去ろうとする俺の手を春人が掴む。
「ごめん。本当にごめん!宗平!俺っ…!」
「悪い。もう少し…考える時間欲しい。」
与えられた情報が、衝撃が、正直抱えきれなくて幾つか零れ落ちてしまったんじゃないかなんて気がしている。
いっそ全て忘れて笑い合えたら、どんなに幸せだろう。
「宗平…。」
「…じゃあな。」
いつもはなんて事ない別れの挨拶。
しかしその言葉を聞いた春人は目を見開き、俺に触れる手からは力が抜けた。
そんな春人に背を向けて歩き出した遊歩道。
あぁ、この河川敷は、いつからこんなにくすんだ色をしていたのだろうか?
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