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6/8(月) from宗平

今日から文理別れての授業が始まる。 教室に入って、お互いを見つけて、笑みを交わす。 …が、そんな浮いた気分は春人の後から教室に入って来た人物の姿により急降下した。 「……春人と同じコースで良かったよ。」 「俺も理系選んどいて良かったなって今すごい思ってる。」 えへへ、と笑う春人の前の席には裕大。 裕大もどうやら理系を選択していたらしい。まぁ裕大が文系を選んでいる方が意外な感じがするが…。 しかし春人と席も前後って…。いや、それ以前に春人は黒板が見えるのだろうか?…と思っていたら春人と裕大は1限に来た先生に「あなた達は席逆の方が良いんじゃない?他の先生にも連絡回しておくから。」と言われてあっさり席を入れ替えられていた。 休み時間に入り、早速春人の元へ向かおうと席を立った所で裕大が後ろから春人の首に触れたのが見えた。 「っ……何。」 「首んとこ…赤くなってたから怪我でもしてんのかと思って。」 尋ねた春人に少しばかり毒気を含ませて笑った裕大がそう言うと春人はバッと首筋を手で覆い隠す。 赤い痕の理由は…土曜日のことしかない。見えない所にだけこっそりと残そうとしていたのだが…際どい所に付けすぎたか。 「ほんとだ。やたらと触って悪化させないようにしとかないとな。春人。」 何も言えない様子の春人の襟元に手を当ててそう声を掛けると春人は少し安心したような顔を俺に向けてきた。 あー…。この場で抱きたくなるからそういう顔ほんとやめてほしい…。 なんて春人が怒るから言わないけど。 襟を春人の首に寄せるようにして上から少し撫でる。それに対し裕大が「触っちゃまずいんじゃねーの?」と皮肉めいたことを言ってきたが、それには笑顔を向けただけで答えておいた。 だがそこで裕大の机に置かれた、開かれたままのノートにクシャリと()れたようにシワが付いているのに気が付いた。 「…つーか裕大さ……。」 チラリと春人を見てから、言葉の続きを促すように視線を寄越した裕大に教室の外に出るよう促す。 「…ノート、取りづれぇなら俺のコピー要るか?」 出てきた裕大にそう言うと裕大は「は?」と言いたげな表情を向けてきた。 裕大が捻挫したのは左手首。幸い利き手ではなかったから日常生活に大きな支障は無いようだが、何かを支えるのに役立つ左手の動きを制限されるのはやはり細かい所で不便が出るようだ。 「んだよ。わざわざ廊下来いなんて言うから何かと思ったら…。」 あははっと軽く笑ってあしらった裕大の本心がどこに在るのかは分からなかったが「春人の前で堂々と裕大の手首について話出来るわけねぇだろ。きっとまだ気にしてんだし。」と答えると裕大は「へぇ…。」と笑みを作る口元はそのままに、少し不快そうに眉を寄せた。 「笠井って成績どうなの?成績あんま良くない人のノート貰っても嬉しくねんだけど。字も汚そうだし。」 「てめぇ人の親切に対して喧嘩売りまくってくんじゃねぇか。」 普通親切心からの提案をこんなに(けな)す人間が居るだろうか? 周りを考慮しているのか少し声量を下げて言ってきた裕大の失礼な物言いに言い返すと裕大はぶはっと吹き出すように笑った。 「…じゃあ春人の俺が貰ってそれ渡す。これなら良いだろ。」 「へぇ。やっさしー。でもそれなら家で直接コピー貰うからわざわざ笠井の手を煩わすまでもねぇよ。ありがとな?」 「んなの許す訳ねぇの分かって言ってんだろ。」 「お前から『許し』貰わなきゃいけねぇんだ。束縛野郎と付き合うのは大変だな。」 「あぁ?強姦魔に言われたくねんだよ。」 少しばかりヒートアップしたものの小声で言い合いを続けた俺らだが、俺が言った言葉を最後に裕大はピタリと言い返してくるのをやめて黙ってしまった。 「……戻るわ。」 そしてそう言い残すと背を向けて教室に戻って行く。 ……強姦魔は言い過ぎたか?なんか露出狂みたいに誰でも良いから性欲発散させたいタイプの変態だって俺が思ってるみたいだった? 少し悪い気がして放課後の部活で「裕大が襲ってたの春人だけだって分かってるからな?」と一応フォローを入れたら裕大は物凄い顔で「うぜぇ。死ね。」とだけ返してきた。 くっそ。意味分かんねぇ。 結局ノートは春人のコピーを回すことで話を付けた。

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