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8/4(火) 2

「……久しぶり。」 落ち着いた、宗平の声。 「ごめんな。メールも電話も無視したままで…。ずっときちんと話しねぇと…とは思ってたんだけど…。」 そう言うと宗平は少し目線を逸らす。 いや、良いんだ。そんなことは。宗平がまた会いに来てくれた。 今はそれだけで、凄く嬉しい。 「っ宗平…。」 言いたいこと、言わなきゃいけないことは、沢山あった。 それでも目の前に宗平が居る事実が嬉しくて俺は何も言えないまま歩み寄って宗平へと手を伸ばす。 そしてその手を宗平が取った。 「やっぱ本当のこと知んのがすげぇ怖くて…。」 だがそう言って声のトーンを格段に落とした宗平。若干その声に…怒りが滲んでいるような気が、何故かした。 「ぁ…の、礼真のことならちゃんと話す、から…。それに、礼真とは転校してから全然会ってないし…宗平が心配するようなことは何も…。」 ギリギリと握り潰されていくように曲がっていく手の痛みを感じながら言うと宗平の仄暗い瞳と視線が合う。 「…その人のことも、後でちゃんと聞かせて。でもそれより今は、春人の気持ち、きちんと確認してぇ。」 「…気持ち?」 まさか…宗平は別れを切り出すつもりなのではないだろうか?それに俺が同意するかどうか…聞きたいのでは…? 「春人……。」 「っ別れたくない!!」 宗平が何かを話し出そうとした途端に被せるように遮って言い切る。 そんな俺を宗平は少し目を細めて見下ろした。それが、何かを見極めようとしているようで、俺は真剣に想いをぶつけようと、それしか考えられなくなる。 「別れたくないっ。お願い…宗平!」 「…春人、本当に俺のこと好き?」 「好き!好きだ!大好き!!」 「本当に?ずっと好きだった?」 「本当!ずっと!宗平だけ…!」 泣きそうになるのを堪えて叫ぶように伝える。 もうここが家の前だとか、周りには民家が立ち並んでいるのだとか、そんなことはどうでも良かった。 「…じゃあ、なんで騙してたんだよ。」 しかし、宗平のその問い掛けを聞いた途端、ただでさえ見えていなかった周りの景色が更に宗平一色になる。 「…え?」 「2月24日。本当は何してた?」 「2月…?」 そんな、半年も前のこと…今更なんで…。 いやだが、24日と言えば宗平と付き合いだした日を祝うために毎月何かしら特別なことをしていて…。それで2月と言えばまだ付き合いだして1ヶ月目で、その頃は──…。 「!!」 思い至った俺は顔から血の気が引いていくのを感じる。 「……その反応、マジなんだな。」 「ちが…え?宗平、なんで?どこまで…。」 ガタガタと意志とは関係なく勝手に震え出す体。 「は?どこまでって何?」 「え、いや、だから……っ。」 なんで?いつ?どうして長岡のことがバレたんだ?本当にどこまで気付いているんだ? 終わった…。 終わった終わった終わった。 「っ泣くなよ…。泣きてぇのは…俺の方なんだよ…!」 宗平の、喉に詰まったような苦しげな声。 知らぬうちに俺は耐えきれずに涙を流していたらしい。 「ごめんっ…ごめん宗平。本当に!」 「……とにかく、説明してくれ。…聞く覚悟は、決めてきたから。」 …嫌だ。 話したくない。知られたくない。 でも………。 「…大事なことには全部目ぇ瞑ってきた。春人が俺のこと好きだって…それだけ信じて。でもそれだけじゃダメなんだってもう分かったから…。ちゃんと、話しようぜ…。」 諦めたような宗平の声に、また涙が溢れてくる。 そんな俺を、宗平は今度はただ黙って見つめた。 本当の修羅場とは、案外静かにやって来るものなのだなと、どこか他人事のように感じた。

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