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8/4(火) 3

宗平と訪れたのはいつかも訪れた河川敷。 真夏の真昼間のそこは、案外閑散としたものだった。 その中の東屋のような所に入り、向かい合って座る。 前にこの河川敷に来たのは…あぁ、確か初めて宗平と繋がってから1週間した頃だ。 あの時はあんなにもキラキラして見えた世界が、こんなにも暗い色に見える日が来るとは思ってもみなかった。 「まず聞きてぇんだけど、本当は2月24日何してた?」 「っ…な、が、岡と…出掛けて…ましたっ。」 さっきからずっと涙が溢れてきて嗚咽が止まらない。 礼真のことを説明するのだって覚悟が要ると思っていたのに先にこんなことになるなんて…。 「どこに?」 「すい…水族、館っ…。」 「なんで?春人から誘った?」 「っそんな、わけないだろ!」 「じゃあなんで俺には嘘吐いたんだよ。なんか後ろめたいことがあったんじゃねーの?さっきも言ってた『どこまで』って…何のこと?」 「ッ…!」 宗平の問い詰めるような視線が苦しくて目を見ていられず、俺は思わず顔を逸らした。 「まさかその後裕大とヤッた?」 「し、てない!!その日は、水族館行っただけで…終わりで…!でもっ普通言えないだろ!?宗平が、楽しみにしてた日に…長岡と出掛けたなんてっ…!」 「…その日“は”?」 宗平のその強調する言い方に俺は思わずバッと顔を上げるが…、文脈的に特別おかしい言い回しでも無かったそれを強調した宗平に俺はわざわざ反応をしてしまった…。それがおかしいのだと気付いた時にはもう手遅れで、焦って言葉を失いまたボロボロと涙を流し出しただけの俺を宗平はただ見詰めた。 「…裕大としたんだ。」 「っ…、ぁ…、…。」 「痕が無ぇからヤッてねぇなんて…バカな思い込みだったよな。」 宗平が自嘲のように笑いを零して目を固く閉じ机に肘を付けて俯くと「いつから?」と問う。 「…宗平…。」 「いつから?」 「ぁ…の、今は…長岡とも、何も無くて…。」 「いつからだって聞いてんだよっ!」 声を荒らげダンッと机を殴った宗平にビクリと大袈裟に体が跳ね上がった。 そんな俺の反応に気付いた宗平が少し上げていた顔を気まずそうにまた下に下げて大きく溜め息を吐く。 「…悪い。でも…正直に話して。これ以上隠し事されんのって…まじでキツい。」 俺と向き合う為に痛みを、怒りを、堪えてくれる宗平が、俺はこんな時なのに愛しくて仕方がなくなる。 俺は本当にこんなにも大切な人を傷付けた。傷付けている。分かっていたはずだ。あの時からずっと。宗平が知ったらこうして悲しむってことくらい。 だから、隠した。 「…バレンタイン…過ぎた辺りから。」 「ははっ…、…マジかよ。付き合って1ヶ月してねぇじゃん…。」 答えた俺に宗平が肩を落として呆然としたように呟く。 「っごめん、…ごめんなさい…っ宗平…。」 「……腕時計してたのってさ…裕大に抵抗した痕隠そうとしてたからだったろ?それも無かったってことは俺と付き合いだしてから裕大としてたのは合意ってこと?」 「違う!」 ──…いや、違わないのではないだろうか? あの頃は自分が不幸にした長岡を差し置いて自分だけ幸せになるのが許せなくて、長岡の望みを叶えてやりたいとどこかで思っていた。 それが宗平の望みと相反するものと知りながら。 「…じゃあなんで抵抗しなかったんだよ。抵抗してんなら、何かしら争った痕が残ってたって良かったんじゃねぇの?」 「っ……、あ、の、頃は…長岡に申し訳無いって気持ちもあって…。」 「申し訳無い?」 あぁ、思えばそこからだ。 俺たちは、始まりも何もかもすっ飛ばして、ただ互いの想いだけにしか目を向けてこなかった。 それさえあれば、全て上手く行くんだって、そう思って。 だが、グラついた土台の上に築いた関係は、こんなにも容易く瓦解するのだ。

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