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ワンライ参加作 お題「香りの記憶」
ワンランで書いたお話しです。
お題「香りの記憶」
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両手で広げた真っ白なシーツの上に片手をスッと滑らせて端をベッドマットに挟み込む。
毎日の儀式じみたこの作業を始めたのは失くした恋のせいだった。
ぽっかり空いた心の傷は生々しくまだ血を流し続けている。
「好きだよ」
と言われて簡単に心と身体を許した自分を愚かだとは思わない。けれど忘れられないこの心が疎ましい。
思い出すのは切なげに自分を見つめる美貌とその華やかな外見に似つかわしくない素朴な香り。
「香水?何使ってる?」
「そんなの使ったことないよ」
「うそ?」
だって笑ったそばから清潔な香りがもう漂っていた。
けれど何度聞いても恋人は知らないの一点張りで香りの秘密を教えてくれなかった。
「俺はこの香りが……大好きだ」
と言うと恋人は
「好きなのは香りなの?じゃあオレはいらないね」なんて寂し気な表情をして見せた。
電気を消してぴんと張ったシーツの上にダイブすると洗いたての清潔な香りに包まれる。この瞬間の為だけに今日一日を耐えてきた。
恋人の逝ってしまった空虚な世界。
「いらない」なんてそんなことあるはずないから何も答えてやれなかった。
本当は好きなのは
香りじゃなくて
ーーこの香りを纏うお前だよ
そう言ってやれば良かった。
冷たいシーツを頬に感じながら暗闇に身を任せていると次第に呼吸が乱れていく。右手はまるで恋人のそれのように昂まり付近を彷徨う。
「はぁーどうかしてる。洗濯用洗剤の香りで欲情するなんて」
どこかで見ているかもしれない恋人に向けて
「お前のせいだよ、この潔癖症野郎」
毒づき、けれど明日も明後日もきっと疲れれた身体を引きずって帰って来て洗濯機を回す自分を知っていた。
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