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第5話
「コルセットで締めてもいい?」
「なに、それ」
目の見えない郁に分かるように、騎一は胸の下から腰上をもったいぶった動きでなぞっていった。体がびくびく反応して郁は浅い息を静かに吐く。
「ここを締めるんだよ、思いっきり。男の骨格だとやっぱり微妙に合わないから、くびれの始まりを締め上げて……うーん……要は気合いを入れるわけだね、気合い。」
「はあ。」
「……いい?」
顔の付け根に触れた唇が耳を犯す。
「ッ、ん……好きに、しろ、ばか。」
「郁大好き。」
口元に唇が触れた。言葉も仕草もいつも以上に甘い疼きになって仕方ない。触れ合っている場所がこそばゆい。秋の夕日みたいに温かい。
胴になにかが巻かれているな、という感覚を感じていたら、隣から騎一の声がした。
「覚悟はいい?」
「え?」
「息吸って……吐いて……!」
声と同時に、腹部がぎゅっと締まる。
なんっだこれ。
「っ、あぅ……っ! きっ、つ……!」
骨がみしみし言っているような気がした。折れそう。
「まだ。」
「まだッ……!? うあッ……! もうっ、い……!」
胴体が千切れる、と思ったらそこでようやく終わった。
「おっしゃオーケー。」
「……くる、しい……。」
なあ、騎一っていつもこれしてるの? 嘘だろ。これを巻いてあんな軽やかに歩いているのか。優雅な顔をして紅茶を飲んで甘いものを食べるわけ? 冗談だろ、おい。前屈みになれない。ずっと腹を殴られているみたいだ。嫌でも姿勢が真っ直ぐになる。死ぬほど苦しい。
こんな状態で、お前はいっつも笑ってるのか?
「お洋服は終わり。まあ本当はもっと色々やるんだけど……これくらいで赦しましょう。メイクもしたいけど……郁はメイクしなくても可愛いしね。でもせっかくだし靴は履いてみようか。」
腹が苦しくてそれにばかり気を取られている郁を置き去りにして、騎一はすうッと立ち上がってどこかへ行った。
クローゼットの方に行ったのだろうと思う。靴もびっしり入っていたから。
一刻も早く脱ぎたいんだけど。
「ゴシック調だから編み上げブーツなんて最高に似合いそうだけど……生脚を拝みたいのでレースソックスとハイヒールにしましょうか。後ろに蝶々みたいなリボンがついていて最高にキュート。サイズは少し緩いかも。ご容赦ください。」
ご容赦したくない。
「魅惑の10センチヒールに厚底プラス5センチ。勝負ブーツ。実用性皆無。でも可愛い。」
それが全て。騎一は言った。
可愛い。それが全て。
苦しくても、痛くても、足が血みどろになっても、口から血を吐いても、どれだけ重くても。可愛いが世界の全て。
郁は、急に騎一が恋しくなった。そう。彼のそういうところが、俺は……。
騎一の声は確かに前方から聞こえるのに、郁は完全に騎一を見失っていた。目が見えないとはこんなにも不自由なのか。自分だけ置いていかれたようですごくどきどきした。
騎一、どこだよ、って今すぐにでも手を伸ばしたいのに、上手にそれが言えない。手を伸ばしあぐねている郁の手はなににも届かない。ただ空を切るだけのはずなのに。
郁の手が、見知った体温に包まれる。指の一本一本が解けるように絡まった。まるで紅茶の中に消えていく角砂糖みたいに。
郁、と名前を呼ばれる。郁。
「ちゃんといるよ。置き去りにしないし。」
……なんで分かるんだろう。俺の気持ちが。
「なにも言ってねえし。」
下の方から騎一の笑い声が聞こえる。それと同時に、郁は足先に触れる騎一の手を感じた。
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