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第6話
「そう? 目が見えなくて心細そうだったから。」
本心を言い当てられて酷く狼狽した。
「……うるさい。」
こんな時、素直にそうだよって手を握り返せたらいいのに。どうしても難しい。それでも騎一は察してくれる。でもこんなんでいいのか。郁は思った。彼の優しさや勘の良さに、俺は漬け込んでばかりじゃないか。
足の爪先に柔らかい感触がある。
「……なに。」
騎一はえへへ、と笑うだけだ。
「一度したかったんだ。」
「……なにを。」
「内緒。」
考えたくもないけれど、それは騎一の唇の感触にそっくりだった。手の感覚じゃない。……なんで、そんな所に、キスなんかするんだ。やめてくれ。
胸がこそばゆい。
レースソックスを一足一足丁寧に履かせてくれた騎一は、最後に確かめるように郁の足にハイヒールを履かせた。
ハイヒールを履いた足はずっしり重くて、変な形に歪んでいるから重心が定まらないことは明らからだった。座っていても不安定で、十中八九捻挫しそうだと郁は青ざめる。なんだろう、こんな狂気的な靴は。いったい誰が考えたんだろう。
「できた。さあ、立とう。」
両手を握られて、引っ張られるように立ち上がった。人生初めてのハイヒールは、立った瞬間爪先に棘でも刺さったかのような激痛がした。
「たっ、て……なッ、うわ……!」
バランスを取ることができない。
どうして騎一はこんな凶器を履いて笑って歩き続けられるんだろう。答えはもうとっくに知っているんだけど。彼と同じ状態になってみると何度も考えずにはいられない。
目隠ししているせいで余計に平衡感覚が掴めない。引っ張られたまま郁は雪崩れ込むように騎一の胸に抱き止められた。
「大丈夫?」
騎一の香りに包み込まれる。
郁はいつも以上にどきどきしている理由をようやく悟ってしまった。それに気づかないふりをして彼の首に腕を絡める。こうでもしないと体制を立て直せない。
「これ本当に靴なのか……。」
「靴だよ。それも一番高貴で尊い美しい靴!」
「歩けない。」
「歩けるサ。慣れるものだよ。それにしても郁、本当にお人形みたい。」
多分目の前に姿見があって、彼はそれを見ながら言っているみたい。
「かっわいいなあ……。」
見えねえんだけど。いや見たくないからいいんだけどね。
騎一が頬ずりしてくる。うっとりしていること必至だ。
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