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あと二十五日 ─結城─
バレていないとでも思っているのだろうか?
じわ〜と扉が閉まる様を見ていた結城は、吹き出しそうになるのを必死で堪えながらカッターシャツに袖を通す。
「弟が毎日俺の監視に来るんだけど」
隣の教室で採寸を行っていた凛子に向かって、我慢出来ずにクスクス笑う結城は誰の目にも美しい。
薄茶色の髪を揺らす結城の台詞に、あからさまにムッとした表情を浮かべた凛子を見やり、ブレザーを羽織って固い椅子に腰掛けて足を組んだ。
「隠れててもにおいで分かるのに」
「やめなさいって言っても聞かないのよ」
「言わなくていいよ。 やめてほしくない」
「何を馬鹿な事を。 毎日言い続けてやるわ」
「……誰かに先越される前に捕まえたいんだけどなぁ」
「やめてちょうだい。 結城の相手は凛太じゃないでしょ」
「…それはどうかなー」
フッと笑った結城は、おもむろに立ち上がって窓辺に手を付いた。
指定鞄を右肩に掛け、大事そうに生徒手帳を持つ凛太の赤茶色の髪が歩みにあわせてふわふわと揺れ動いている。
ふと名残惜しげに時々校舎を振り返る凛太があまりにも健気で、頬が緩むと同時に心がむず痒くなった。
「早く捕まえなきゃなぁ」
凛太が入学してきてすぐの頃から、結城は彼からの熱い視線に気付いている。
何なら、結城の方が先に凛太を目で追っていた。
α性であり模範生徒でもある結城は、昨年入試会場にやって来る受験生の案内係を任された。
面倒くさいなぁ、と内心では不満だらけだった結城のすぐ横をすり抜けて行った、思わず膝から崩れ落ちそうになるほどの運命的な香り。
においを追って行くとそこには凛太が居て、結城は衝撃を受けた。
これか、と思った。
番となるα性とΩ性は、互いが運命の相手だと本能で感じ取る事が出来ると祖父から聞いてはいたが、そんなものは迷信だろうと鼻で笑っていた。
結城はその日、帰宅してすぐ祖父に電話で謝った。
本当だったのだから。
言葉では言い表せない、内から込み上げてくる愛おしさ。
それをきっと、凛太も感じ取っているに違いない。
どこから聞き付けたのか、衣装部の専属モデルとして様々なコスチュームを結城が身に纏う度に、この教室の扉が数センチ開く。
しかし、結城目当てで覗いているのは明白なのに、凛太は見ているだけでまったく声を掛けてこない。
先輩には話し掛けづらいのかもしれないと、結城の方から動こうとした事もあったのだ。
去年二人で主役を張ったジュリエット役の凛子が姉だと分かると、それを話しの種に凛太に近付こうとした。
けれど、結城の姿を二十メートル先に捉えた凛太は回れ右をして走り去って行った。
目が合い、しかも二秒は見詰め合ったのだ。 確実に。
どういうつもりだと憤りを覚えた。
凛太も本能で呼び覚まされたからこそ、結城を見詰めてくれているのではないのか。
今や希少性であるΩ性は、α性の者らがこぞってその存在を自分のものにしたがる世の中だ。
ましてや凛太は可愛い。
いや、見目愛くるしい。
衣装部にある幾多のコスチュームを見ては、「この衣装〝りんりん” に似合いそう」などと妄想を膨らませている結城だ。
逃げられて以降、若干拗ねていた結城は半年もの間、凛太を好きに泳がせた。
そう、泳がせるだけ泳がせたのだから、拗ねていないでそろそろ動かねば男が廃る。
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