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あと二十日 ─凛太─

 凛太は男性にしては背が低い。  百七十にあと一歩届かない身長では、教室の窓ガラス上部など当然覗けない。 「うぅ…衣装合わせ見たかったのに…」  昨年の演劇があまりに大好評で、地元の新聞にまで掲載されて有頂天になった校長が、主役二名を今年も抜擢した。  ロミオ役はもちろん、結城。  ジュリエット役は凛太の姉、凛子。  二つ上の凛子の事が、純粋に羨ましい。  女性で、β性で、見た目も綺麗で、成績優秀で、弟いびりさえしてこなければ自慢の姉だ。  一番羨ましいのは、劇中とはいえ結城と何度も手を取り合い、抱き合えるところ。 「今日は開けるのもマズそうだ…」  去年のものも使用しつつ、主役二名の衣装を一着ずつ新調すると聞いてウキウキでやって来た凛太だったが、教室内を暗幕でシャットアウトされていて覗く事が出来ない。  今日の衣装合わせは、凛太のように覗きを敢行したがるのは新聞部の面々も同じで、カメラに収められないと分かるやそそくさと帰って行った。 「僕も帰ろ…」  いつまでもここに居て、結城ではなく凛子に見付かって怒られる事の方が嫌だ。  覗きを気付かれている事に気付いていない凛太は、とぼとぼと廊下を歩きながら生徒手帳のカレンダーを開く。 「あ…そろそろ薬飲まなきゃ」  Ω性である凛太に三ヶ月周期でやってくる発情期。  計算した日にちから時期がズレた事はないので、今回は五日後にそれが訪れる。  三日前から朝昼晩と抑制剤を飲めば、発情期がきてもうまく日常生活を送れるため、凛太はΩ性だからと不便を感じた事は一度もない。 「薬あったかな…不安になってきた」  前回の分で飲み切ってしまったのではと、唐突に胸騒ぎを覚えた凛太は駆け出そうと一歩を踏み出した。  しかし、突然背後から腕を取られて、踏み出そうとした右足が宙に浮く。 「りんりん、もう帰るの?」 「………っ!」  凛太の腕を握っていたのは、宝物の切り抜きそのままのロミオだった。 「今日は残念だったね。 でもりんりんは見たいかな、と思って」 「…っ…結城、先輩…!」 「見て。 これ劇とは関係ないんだけど、ずっとりんりんに着てほしかった衣装なんだ。 着てくれない?」  驚愕して目を見開く凛太に対し、結城はまるで昔馴染みに話し掛けるように親しげである。  光沢のある黒色の衣装をズイと凛太に差し出してこられても、何が何やら訳が分からない。  目の前にロミオが居る。 広中結城が居る。 凛太に、話し掛けている。 「りんりん」と謎の愛称で呼び、微笑みかけてくれている。  見ているだけで満足だったのに、結城の方から話し掛けてくるとは思いもせず、凛太は腕を掴まれたままジリジリと後退した。  かっこいい。 いいにおい。 もっとよく見たい。  思いとは反対に下を向いた凛太は、下唇を噛んだ。  結城はきっと偏見なんてしない。 笑ったりもしない。 蔑むなんて姉だけだと分かっている。  ……けれど、結城はα性。  にこやかに会話を楽しむ事など、Ω性の凛太にはとても出来ない。 「ごめ、なさい…」 「どうしたの? 顔赤いよ?」 「あ、あの…っ」 「ちょっと待って。 …もしかして近い?」 「……え…?」 「ヒート、近いんじゃない?」  ロミオ姿の結城が、心配そうに凛太の顔を覗き込む。  確かに暑くなってきた。  掴まれている腕から、顔も、体も、火照り始めている。  発情期を薬で凌いできた凛太は、実際にそれを経験した事がなかった。  この動悸も、息苦しさも、悲しくないのに涙が溢れてくる事も、知らなかった。 「そんなにおいプンプンさせて歩いちゃダメだよ…。 おいで」 「……っ……」  全身から力が抜けて蹲りかけた凛太の体がふわりと浮いて、力強い腕にしっかりと抱き上げられた。

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