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恋焦がれる

 咲いていた花は温度の低下と共に冬を悟り、真っ白な光景を作り出した雪は溶け、再びの花の季節が訪れた。 ――春。  それは零帝が消失してしまったあの日と同じ季節であり、彼がいなくなり一年が経ったことを意味していた。  その間、多くの人が彼のことを探し回った。  彼は世界最強であると同時に、人々の心の支えであった。  口数は少なく、フードで隠された顔は何を考えているのかわからず、唯一彼が彼である証拠といえば、常時身につけている、零帝の証である真紅のマントのみ。  急に現れ零帝の名を承った彼は、当時注目を集めた。  帝の一番の役割である『市民を守る』ことを、彼が実行できるのか、疑いの目を向けられた。  けれど彼は、その実力を持って疑いをかき消したのだ。  圧倒的な魔力量、質、威力。  全てが、彼が零帝で、彼以外の零帝は有り得ないという人々の認識につながった。  普段は飄々としているのに、いざという時の手助けは絶対で、彼がいれば何とかなると、皆彼を信頼した。  零帝という職に、彼が就いて今年で六年。  いたはずの存在の消失に、人々の動揺を予測し、この事はギルド〝蝶の群れ〟本部の隊員と、各ギルドのギルドマスター、それと中央政府の上層部の人にしか知らされていない。  だが、雰囲気は伝わるものだ。  何かが起こっている、その事が他ギルドも感じ取り、今やギスギスとした雰囲気がギルドを中心に蔓延していた。  そして今、最も零帝を欲している彼――水帝、リース・ルトは、あの日と同じ森に、足を踏み入れていた。 「零帝様……」  リースは、あの日と同じ場所に立っていた。  いつも通りの凄まじい魔法に、淡々と魔物を葬っていく零帝様。  かっこいいとしか言い様がない姿に、でもこちらを見る雰囲気は柔らかく、自分以外にはギルドマスターしか許していない少年のような地声に、好きの思いが溢れて、告白をして、キスを交わして。  ギルドに帰ったあとも恥じらうようにこちらに顔を向けず、最後にもう一度抱き寄せて額にキスをして別れた、あの日。  幸せな気分のまま次の日を迎えて、会える時を楽しみにして、任務をこなしているのかいなかったのでまた次の日を待って、そのまた次の日を待って……。  そのまま一週間が経った時、ギルドマスターに彼の行方を尋ねられた。  解決に長い期間を必要とする指名依頼をこなしているのかと思いきや、それならばギルドマスターが把握していないはずもなく。  そこで初めて、零帝の行方不明が明らかになったのだ。  リースは、もちろん必死に探した。  誰よりも、睡眠時間も削って、彼の真紅に染まったマントを求めて。  けれど、見つからなかった。  どんなに必死になっても、彼を呼んでも、念話で呼びかけてみても、何の手がかりも掴めやしない。  なので初心に帰り、あの日の零帝を思い浮かべ、この場所に来たのだが……あんなに探した彼が、何度も訪れているこの場所にいるはずもなかった。 「零帝様……」  苦しくなる胸の想いを吐き出すように、彼はそれを、空に吐き出す。 「好きです」  まるで、あの日と同じように。  彼に会えない日々も、いや会えないからこそ大きくなるこの想いを、リースはそっと声に載せる。  零帝様に、この想いが届きますようにと祈りながら。  そうして彼は、落ちてきた日をちらりと見て、踵を返した。

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