13 / 28
君の隣
意気揚々と教室に入ったリース、彼と接触しようと窓際の一番後ろの席に座った彼の隣の席に座った。
そしていざ話しかけようとするリースを遮り、彼が口を開く。
「ふ~ん。君が隣、ね」
男にしては甲高い声でじろりとこちらを見て、席を立とうとする彼。
「ま、待て。何で移動するんだ?」
彼と話したいがためにこの席に座ったのに、彼が移動するとこの席に座った意味がなくなる。
そう思い慌てて彼を引き止めると、温和そうな瞳をキツく釣り上げ、彼はリースを睨みつけた。
そうして腕を組み、仁王立ちでリースに男にしては高い声を低めにして、言い放つ。
「僕、帝って嫌いなんだ」
その瞬間、リースは悟った。この少年は、帝の否定派だと。
数年前の帝の横行はひどいものだった。
『市民のため』存在しているはずの帝が、自らの欲望を叶えるためだけに魔物を狩り、お金を集め、帝が通ったら道の端により頭を下げていないと文句を言われ、守られる存在であるはずの市民はたまに理不尽に殴られ蹴られては、ストレス発散に用いられる。
帝の力は絶大だ。
それは能力面からも、立場からも言える。
帝を変えられるのは同じ帝か、それ以上の位のもの。
それを就任してすぐの零帝様が帝を総入れ替えしたのだが、まだまだあの頃のイメージのままであったり、若い帝に対する不信感を募らせたりと帝に対するイメージは良くなかったりする。
だから彼も、そうなのだろう。
いずれかの理由により、帝に不信感を募らせているのだろう。
この少年は、零帝様ではない。
リースはそう確信する。
零帝様は、こんな風に帝の悪口とも取れる発言を簡単に発したりしない。
帝を変えたのは、零帝様だ。
一番帝について考えているのは、零帝様だ。
だから彼は……零帝様では、ない。
△▽
「と言っても、もう席はない、か。仕方ない、ここに座ろっと」
そう言って、僕はリースの隣の席に腰を下ろした。
どこで疑いの目を持ったのかちらりと見られていた視線はもうこちらを見ず、入ってきた担任であるカーリアにその視線は向けられる。
僕はそんな彼にそっと息をつき、顔を見られないように窓の外に視線を移した。
――顔が、にやける。
心臓がバクバクと音を立て、顔だけではなく体中が熱を持ち、握り締めていないと拳が震える。
リースが隣にいる、それだけで奇跡のようだった。
もう叶わないと思っていた、でも叶った、その事に対する喜びが胸に満ち、見るだけでいいと思っていたのに、僅かな会話が頭を反芻する。
リースには、僕の正体がバレるわけにはいかない。
だから咄嗟に嘘をついた。
それに元々、僕が零帝という職に就く前、僕は帝が嫌いだった。
だからそれなりの理由もあり、これを利用しない手はないだろう。
それに、今日のリースの反応で分かった。
リースは、僕を探している。
きっとギルドマスターが何かしら彼に言ったのだろう。
疑心暗鬼の中でリースからの疑いを晴らすためには、零帝では有り得ない行動をとればいい。
そして僕の思惑通りリースは僕から目を背け、他人として接する。
それでいい。
僕は、側にいるだけで満足なのだから。
それに、思いがけず彼の隣の席を手に入れてしまった。
これで彼に自然に目を向ける回数が増える。
と、内心ほくそ笑んでいるとき、いつの間にか始まっていた自己紹介がリースの番になった。
立ち上がった彼は皆を見渡し、笑みを浮かべず淡々と述べる。
「リース・ルトだ。知ってると思うが、水帝をしている。そのことに萎縮してもしなくてもどうでもいいが、俺の邪魔だけはしないでくれ。俺からは以上だ」
憧れの帝の自己紹介、それまではヒソヒソながらも多少の声は聞こえていたものが誰も声を発さなくなり、一言一句逃さないようにと静かになっていた教室内が、もっと静寂に包まれた。
リースを見たまま、ただリースが席に着くのを呆然と見る。
そしてその静寂を破ったのは、カーリアだった。
「おいおい、愛想ねえな。最初はもうちょっと愛想よくしてもいいんじゃねえのか」
「最初だからこそだろ。俺は別に、俺の邪魔だけはするなと言いたかっただけだ」
「お前……相変わらず生意気だな。そんなんじゃ友達できねえぞ?」
「別に、出来なくても構わねえよ」
「そうかよ。っと、自己紹介の途中だったな。次は、君だな。じゃあよろしく」
わざわざリースの前に立っていたカーリアがこちらを指差し、教卓に戻った。
気まずげな雰囲気の中、僕は皆を見渡し、にこやかに微笑む。
「アルディル・アマルドです。属性は風、ランクはC。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げたら拍手がわいた。
それを受け、僕は腰を下ろす。
「随分、俺とは違う態度じゃねえか」
「当たり前でしょ。君の事は嫌いって言ったじゃん。嫌いな人に笑うなんて、労力の無駄でしかないよ」
「……そうかよ」
一瞬悲しそうな顔をしたリースは、頬杖をついて自己紹介をしている生徒に顔を向けた。
そんなリースを横目に、僕は窓の外に視線を逸らす。
ここが窓際で、良かった。
リースが一瞬でも悲しそうな表情をしただけで、心が揺れる。
自分の行為によってなのに、胸がギュッと、締め付けられる。
君が、好きなんだ。
『嫌い』じゃない、『大好き』なんだよ。
けど言わない、言えない。
自分が決めたことは最後までやり通そう。
リースにバレないように、『嫌い』という仮面を被って。
だってそうしないと、『好き』が、溢れそうだから。
ともだちにシェアしよう!