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悔いのないように

「こ、これ、どうしたの?」 「買ってきた」 「ぜ、全部?」 「ああ。遠慮なく食っていいぜ」 「いや、せめてお金を……」 「んなもんいらねぇよ。友達になった記念だ、どれでも好きなもん取っていいからよ」  なぜか、期待の込められた目で見られる。  そこまで言われちゃ、大人しく奢られるけど……こういう時って、安そうなのを取ったらいいのか、高そうだけど美味しそうなのを取ったらいいのか……わからなくて、逆にまた手が出せなくなる。  オロオロと手を彷徨わせていたら、隣から僕の手を通り過ぎ、真っ直ぐと高めのやつを掴む手が。 「お〜」  ゴジが歓声をあげ、わざとらしく手を叩いた。 「なんだよ」  遠慮なく包みを開封するリースに、ゴジも手に取ったものを広げ、食べ始める。 「いや、潔くいったから、さすがだなと。隣、見てみろよ」 「ああ……なるほど」  三人の視線が僕に集まる。  そして三人とも、うんうんと頷いた。 「……なに?」  なんだか、馬鹿にされている気がする。  彷徨っていた手を引っ込み、三人を睨みつけた。 「そんなに悩まなくても、好きなもん取れよ。別に高いのとったからって、うわーとか思わねぇし」 「そうだぞ? リースなんて、何も遠慮がないしな」 「というか、お前らこそ遠慮なさすぎだろ。俺、一応水帝なんだけど」 「え、それ気にして欲しかったのか? 何なら今から畏まったほうがいいか? 水帝様、って」 「……バカにしてんだろ」 「いや、ちょっといじってるだけだ」 「アハハ、リースって無表情かと思いきや、意外と表情あるっつーか、豊かなんだな! おもしれ〜!」 「だな、邪魔すんなって言って近づくなオーラ出したかと思いきや、自分から話しかけてくるし」 「言ってることとやってることが矛盾してやがる……ぷはっ」 「待て待て、そんな笑ったら可哀想だって……クク」  二人が押し殺したように顔を逸らして笑い始める。  リースも眉間にしわを寄せてわずかにほっぺを膨らませ、誤魔化すように高価なはずなのに味わいもせずに大口を開けてウィルサの肉を食べてしまい、また次に手を伸ばそうとしてるし。  笑ってる二人と、しかめっ面のリース。  それを交互に見比べたら、何だか笑えてきた。  三人が視界に入らないように、一旦窓の外に目を向ける。  ニヤつきかけた口を隠そうと手で押さえ、頬杖をついているような格好を取ったけれど、鋭いことにミークが気づいてしまったらしい。  笑いながら、僕の頭に手を伸ばした。 「おいアルディル、口が笑ってんぞ? 笑いたいなら思いっきり笑え」 「……別に、笑ってなんか……」  そう言ったところで、もうだめだった。  リースのしかめっ面がとても可愛い、愛しい、触れたくなる。  その想いが笑いとなって溢れて、押さえきれなくなる。 「ぷっ、アハハッ!」  そしてしばらく笑い、ますますふくれっ面になるリースに、つい無意識のうちに手を伸ばして、頰に触れていた。  目を見開くリースの頰を撫で、優しく笑いかける。  そしてそんな僕の仕草に赤くなってしまったリースに聞こえないように小さく「……可愛い」と言って、そばにあった野菜たっぷりなサンドイッチを取り、食べ始めた。 「あ、おいしい」  野菜はあんまり好きじゃないんだけど、それは卵が苦味を消していて、意外においしいかった。 「だろ?」  なぜかゴジが得意げにドヤ顔をする。  そしてそれを、「うざい」って言ってミークがコツンと小突いた。  未だ固まっているリースを見て、「アルディル、お前はちゃんと自分の魅力を自覚した方がいい」という意味のわからない忠告を、「なにそれ」って笑って返すと、「そういうとこだよ」とため息をこぼされた。  和やかな時間が、ゆっくりと流れる。  ふと、零帝として勤めていた頃のことが頭に浮かんだ。  魔物を討伐して、ギルドに寄って、マスターに報告して、その窓の外から少し上くらいの学生が談笑しながらギルドに入っていく姿が伺えた。  それは声を上げながら、小突き合いながら、とても仲よさそうに連れ合う男の子たち。  そんな彼らを見て、空っぽな自分を省みて、胸が苦しくなった。  僕は、あんな風に笑ったことなどない。  ずっと魔物を倒して、訓練して、姿を偽って、誰かと談笑するなんて論外で。  唯一話していたリースだって、互いの内面を見せるような探るような話をしたことがなく、ずっと自らを押し殺してきた。  フードを被って、話すときはほとんど念話、敬語が抜けたことだってない。  毎日毎日、繰り返しの日常。慕われてはいるけれど、それは力に対してだ。僕自身には何もない。  大声をあげて笑う人が羨ましかった、気軽におしゃべりしている人が妬ましかった。  そんな日常を壊したのが僕を苦しませているのは皮肉だけれど、それでも、今目の前に広がっている光景が信じられなくて、何度も目を瞬かせてしまう。  笑い合うという手に入れたかったものが、これからは日常になる。  それが無性に嬉しくて、ついまた声を上げて笑っていた。 『幸せになりなさい』というベルの声を思い出す。  あの時は実感できなかった『幸せ』という単語が、胸に響く。 (残り、半年……悔いのないように、過ごそう)  そう覚悟を改め、今度は高めのやつに手を伸ばした。

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