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痛む心
広く何もない中を、ただ漂う。
暗く、目を開いても閉じても見える視界は同じで、遠くの方で立てる波もシオンの所には届かない。
唯一届く波も心を強く保つ事で拒否し、同じ所を、先の見えない闇の中を、ただただ、漂う。
脳裏に浮かぶのはあの日の出来事。
ボクの、しでかしてしまった罪。
倒れていく零帝様をただ見ているだけしかできなかった、無力な自分。
そうして思い浮かべる度に泣いてしまう自身を、泣く権利などないのにとまた責める。
同じことの、繰り返し。
だから無事を確かめたくて、必死に探す。
他の人が純粋な想いから探している中で、不純な自身が、ひどく滑稽で、情けなくて。
真紅のマントを求めては、睡眠も削り、探し回る。
そうして泉の中で手を伸ばした所で、意識が浮上したのを感じた。
「……リース?」
伸ばした先を取る手。
そこには、シオンの顔を覗いているリースの姿があった。
「何、こんな所で寝てんだよ」
その声に周りを見渡してみると、そこは大陸の端にある森で、どうやら探し回っているうちに連夜の寝不足がたたり、そのまま木の下で眠ってしまっていたらしい。
「それにしても……やっぱ、慣れねぇな」
彼の視線の先には、シオンの制服が映っていた。
女用の制服。
女にしか見えない自分。
そしてそう見えるようにしてるのもまた、自分自身である。
「つーか、珍しいな。着替えてこなかったんだ」
「うん。ちょっと……ね」
いつもはギルドに寄り、帝の証である銀のローブに、風帝の印のサンカヨウが刺繍されたものを羽織り活動するのだけれど、今日はオルガがギルドの方に向かって行ったので、ギルドの上にある自室へ戻る気が起きず、そのまま活動していた。
「それに捜索場所が被るのも、珍しいっつうか、初めてじゃねぇの?」
「確かに」
零帝様は、訓練を欠かさなかった。
そしてその訓練は、いつも森で行なっていた。
だから森が近くにある街、もしくは森を中心に捜索している。
だから被ることもあるのだが……確かに、リースと被ったのはこれが初めてだった。
「何か、見つかったか?」
心痛な面持ちでリースが問う。
リースの気持ちは帝内では皆知っており、温かな目で二人の距離が縮まっていくのを見守っていた。
そして急にいなくなってしまった零帝様に対して、悲しみに顔を歪ませながらも探す姿は痛ましくて、何度も袖を握りしめた。
この問いの答えを、彼は知っているのだろう。でもそれでも、尋ねずにはいられない。
そんな心情を想像し、シオンはそっと顔を伏せた。
「……何も」
「……そうか」
リースの差し出された手を素直に取り、立ち上がる。
もう日は暮れかかっていた。
眠っていたのは、二十分くらいだろうか。
少し痛くなっている首をほぐし、スカートについた汚れを払う。
「入学式、どうだった?」
彼との共通点は帝である事と、同じ高等部の学生であることくらい。
帝の話題は零帝様のことに繋がるため、高等部の学生としての初登校を聞いてみた。
リースの事だ、一人で過ごして無難に帰ってきたのだろうと思ったのだが、帰ってきたのは意外な一言。
「あぁ……、まあ、それなりに、上手くやってけそうかな」
「……そう」
目を見開き、答える。
シオンたちは帝として顔が知れ渡ってしまっている。
だから生徒からも、あまつさえ教師からでさえも遠巻きに見られることが多い。
初日から上手くやっていける発言、加えて僅かに口角の上がった口元を見ると、帝という位を気にしない人と出会えたらしい。
「よかったね」
「ああ。それに……」
言いよどむリース。
目で、先を促す。
「いや……正面切って『嫌い』って言うやつがいて、最初はムカついたんだけど……そんな事、思ってても言わないだろ? 普通。こんなはっきり言われたの、俺、初めてで……そんな時、零帝様の事を思い出してさ。零帝様は、俺たち帝のイメージが少しでも良くなるように活動してた。底辺に落ちてしまった評判を浮上させるよう努めていた。だから、俺も……俺たちの事を少しでも知って、嫌いな要素があるんだったら改善して、好かれる努力をしようかと思ったんだ」
強い眼差しを、リースがシオンに向けた。
真っ直ぐに見つめる視線は、彼なりの覚悟を示しているのだろう。
暗く沈んだ心には、その視線は眩しくて、目を瞬かせた。
『嫌い』の感情を変えるなんて『好き』を変えるより難しい。
植えつけられた嫌悪の情は、中々こびりついて離れない。
個人的な悔恨よりも、噂によって植えつけられたイメージを変える方が簡単だ。
なのに、リースは……個人の情を変える事を、しようというのだ。
それは全部、零帝様のため。
戻ってきた時に、少しでも笑ってくれるように。
深い深い愛情は、ただあの方を求めていて……――逃げたくなった。
リースはあの日のことを知らない、でも純粋に欲する心が、自身を責められているようで……夢の中で流れた涙の跡に、再び雫が落ちようとする。
その前に、この場を離れる言葉を口にした。
「そっか……頑張って。ボクはもう、行くね」
「ああ、じゃあ」
手を振るリースを背に、シオンは転移を唱えた。
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