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見ないで
「あの、風帝様。……何か、ありました?」
「え?」
レントとグラルが去り、シオンがオルガの向かいに座り注文をした後。
恐る恐るといった感じで、オルガはシオンに尋ねた。
「心ここに在らずのようだったので」
シオンが注文したのは、ラマルという肉をソテーにしたものにサラダ、それにパンとスープもついた日替わり定食だった。
彼はいつも、選ぶのが面倒くさいのかそれを注文しているので不思議ではないのだが、今日はあまり箸が進まないのか、皿の中身が減っていない。
それに普段から彼はぼーっとしている風に見えるが、今日は特に心ここに在らずに思えた。
心配になり顔を覗くが、シオンはオルガの問いを誤魔化し、微笑を浮かべる。
「何でもないよ」
「……そうですか」
これ以上踏み入ってはいけないという牽制の意味の微笑を前に、オルガは大人しく引き下がった。
「あ、そういえば、そろそろ一年生のギルド見学ありますよね? 風帝様は参加されるんですか?」
新入生歓迎の意味を持つギルド見学。
それには一年生の付き添いとして、二年生も参加する。
一年生はランダムに振り分けられたメンバー、二年生は組んでいるパーティーメンバーで行われるそれは、ギルドに踏み入った事のない者が多い一年生にとって、ギルド登録から初めての依頼まで、将来に繋がる第一歩として人気なイベントである。
本来は絶対参加なのだが、帝は職業柄忙しいこともあり、出席日数の半分を出席したら良いので、こういうイベントをサボっても何ら咎めはない。
実際去年雷帝はサボっていたそれに、シオンが参加するのか気になりオルガは問いかけてみた。
「うーん、そうだね。参加、しないんじゃないかな」
「……そう、ですか」
普段はクラスごとの授業のため、同じ学年とは言えBクラスであるオルガはシオンの授業光景を見ることはない。
なので遠目ながらも姿を拝見出来るかと思い期待していたのだが……やはり、参加しないようである。
そのことに若干落ち込みながらも、オルガは話を続けた。
「まぁ、風帝様が参加したら逆に騒がしくなりそうですしね」
静かに喋る口調から伺える、騒がしさが苦手そうなシオンを見て、オルガは頷いた。
一年生に水帝様が入学したからといって、個人への関心が薄くなるわけではない。
ましてやシオンは誰かが話しかけようものならいきなり方向転換したり、ひどい時には転移したりしていたので、もしかしたら大きなイベントは避けているのかもしれない。
ならこれからも、学校での関わりはあまりなさそうだと再度落ち込んでいた時。
「……あ」
珍しく、シオンの感情のこもった声。
目を向けると、何やら胸元を握りしめていた。
「どうしたんですか?」
「え? ……いや、えっと……ちょっと、忘れ物をしたみたいで。もう食べ終わるし、行くね」
そう言って彼は、急いで残っていたものを掻き込み、手を振りギルドを出ようとした。
あまりの突然の出来事に一瞬止まったものの、オルガは「待ってください!」と意味もなく呼び止め追いかける。
「……え?」
ギルドを抜け、艶やかな緑の髪をすぐ見つけ、声をかけようとした時……普段感情を見せない彼が、目を見開いて固まっていた。
何事かと、視線を辿る。
依頼を終え増えていく人混みの中で――シオンを射止めるものは、すぐに見つかった。
赤の髪と、燃えるような同色の瞳。優しそうな顔立ちはけれど無表情で、男にしては小さな身長と中性的な顔で性別不明にさせているものの、制服がズボンなので男だとわかる。
「風帝……様?」
視線を逸らさない、いや、逸らせないようにずっと一点を見つめる彼を見て、オルガの不安は募る。
ざわざわと心がざわつき、とにかくこちらを見て欲しくて、何度か呼びかける。
けれど声が届いていないのか、全く反応がない。
袖を引っ張っても、腕を叩いても、肩を引き寄せても……反応がない。
すでに赤髪の彼は去っていて、立ち止まっているシオンに目立つ容姿と役職も重なり、注目が集まる。
「風帝様……すみません!」
断り、強く腕を引っ張った。
胸板に頭がぶつかり、恐る恐るこちらを伺う視線に光が戻ってくる。
「……オルガ?」
「はい」
周りを見渡し、またこちらを見て、ようやく状況に気づいたようだった。
オルガとシオンの周りには円が出来始めていて、オルガの腕の中にいるシオンは側から見たら抱き合っているように見える。
そう理解した途端、シオンはオルガの胸板を押し、無理やり腕の中を逃れた。
その顔は赤く染まり、オロオロと視線を彷徨わせ、両腕で顔を隠す。
「……見ないで」
交差させた腕から覗く赤の顔。
無表情、もしくは僅かな微笑みしか見たことがなかったオルガの顔も、それを見た途端赤に染まった。
心臓が、高鳴る。
彼の瞳に映っている感情が知りたくて、無意識のうちに伸ばした手をシオンはくぐり抜け、走り去った。
「風帝様!」
追いかけようとした足は人混みの中すぐ止まり、彼が見えなくなるまで、ドキドキとうるさい心臓を服の上から押さえつけ、ただ呆然とさっきの表情が頭の中を繰り返し流れていた。
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