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手ぐすね引いて待つ(2)

 今日も会社に泊まりこみで仕事をと思っていたら、家に帰れと柴からの社長命令だ。 「そうですよ。今日は俺が泊まっていきますから」  と水瀬が亮汰の背中を押した。  疲れが溜まり、隈だけでなく顔色も悪かったから、流石にストップがかかったか。  柴や加藤も疲れがたまっているだろうにと二人を見るが、はやく帰れと言われてしまう。 「わかりました。今日は帰ります」  荷物を手にし、お疲れ様でしたと居残り組に声を掛けて会社を後にした。  会社から自転車で通える距離に亮汰の住むマンションはある。  帰るとソファーに座り、メールのチェックをしはじめる。  メールは三件。そのうち、二件はすぐに返信をし、一件は水瀬なので無視をすることにした。  テーブルにスマートフォンを置き、水を飲みにキッチンへと向かう。  そこにカレンダーがあり、赤ペンを取り出して丸を付ける。  隆也の帰国の日。忙しいからあっという間にその日がきてしまいそうだなと、丸を付けた場所を指ではじく。  冷蔵庫からペットボトルの水を取り出してキャップを外して一口。  すると、来客を告げるチャイムが聞こえる。モニターに映る相手を見て、急いで玄関のドアを開ける。 「いらっしゃい」 「こんばんわ、亮ちゃん」  彼女の名は唯香(ゆいか)といい、隆也が帰国する理由となった人だ。  水瀬と亮汰は同じ空手道場に通っており、そこの仲間たちとたまに飲みに行くことがあるのだが、そこで偶然に出会ったのが唯香だった。二人は幼馴染で、一緒に飲もうということになった。  ホンワカとした可愛い子で、アパレルショップの店員をしているという。  それならと弟の幹(みき)を誘い、彼女が務める店へ行くようになり、急接近したという訳だ。 「ご飯」 「助かるわ。上がれよ」 「うん」  今は店をやめて、花嫁修業と料理を頑張っている。  忙しい亮汰の為に、たくさんおかずを作って持ってきてくれるのだ。 「もうすぐだな、結婚式」 「うん。伊崎家の家族になれるの、すごく嬉しいよ」  結婚後は家に入ることになっている。母親と唯香は仲が良く、すでに本当の母と娘のようになっていた。  唯香が料理を温めてテーブルに用意してくれる。  座っている間に暖かい食事がだされる、それも一人ではないのだ。なんて幸せな時間だろう。 「頂きます」 「前よりも美味しいと思うよ」  初めて作った煮物は味が濃くてしょっぱかった。だが今は出汁がきいていて、味付けも丁度良い。 「うん、美味い」 「よかった」  胸をなでおろす仕草が可愛い。本当に良い子が伊崎家の嫁にきてくれたと思う。  唯香をみたら、でかしたといって褒めてくれるだろう。 「あら、亮ちゃん、なんか嬉しそうね」  そう頬を突かれる。 「いや、いい嫁を貰ったなって」 「やだ、亮ちゃんったら」  照れながら背中を叩く。性格もよくて可愛いなんて、本当にいい人と巡り合えたものだ。 「水瀬に感謝しないと」 「あはは。亮ちゃんに感謝されたら、輝くん、尻尾振って喜んじゃうよ」  亮ちゃんのことが大好きだものねと笑う。 「御馳走様」 「はい、お粗末様」  洗い物を済ませ、リビングで話しながらお茶をのむ。  大抵は唯香が話し、亮汰が聞くというかたちとなる。  ひと通り話をして、スッキリしたようだ。 「ごめんね。愚痴っちゃって」 「いいよ。この頃は忙しくて話も聞いてやれなかったし」 「亮ちゃん、優しい」  大好きと軽くハグをする。  甘えられて悪い気はしない。亮汰も軽く腕を回して背中をぽんと叩く。 「さてと、そろそろ帰るね」 「悪いな。ゆっくりしていけと言えなくて」 「いいよぉ。顔が見れたから。ただし、駐車場まで送っていってね」  と亮汰の腕に腕を絡める。 「わかった」  亮汰のところまではいつも車でくるので駐車場まで送り、またなと手を振って別れた。

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