2 / 23
手ぐすね引いて待つ(2)
今日も会社に泊まりこみで仕事をと思っていたら、家に帰れと柴からの社長命令だ。
「そうですよ。今日は俺が泊まっていきますから」
と水瀬が亮汰の背中を押した。
疲れが溜まり、隈だけでなく顔色も悪かったから、流石にストップがかかったか。
柴や加藤も疲れがたまっているだろうにと二人を見るが、はやく帰れと言われてしまう。
「わかりました。今日は帰ります」
荷物を手にし、お疲れ様でしたと居残り組に声を掛けて会社を後にした。
会社から自転車で通える距離に亮汰の住むマンションはある。
帰るとソファーに座り、メールのチェックをしはじめる。
メールは三件。そのうち、二件はすぐに返信をし、一件は水瀬なので無視をすることにした。
テーブルにスマートフォンを置き、水を飲みにキッチンへと向かう。
そこにカレンダーがあり、赤ペンを取り出して丸を付ける。
隆也の帰国の日。忙しいからあっという間にその日がきてしまいそうだなと、丸を付けた場所を指ではじく。
冷蔵庫からペットボトルの水を取り出してキャップを外して一口。
すると、来客を告げるチャイムが聞こえる。モニターに映る相手を見て、急いで玄関のドアを開ける。
「いらっしゃい」
「こんばんわ、亮ちゃん」
彼女の名は唯香 といい、隆也が帰国する理由となった人だ。
水瀬と亮汰は同じ空手道場に通っており、そこの仲間たちとたまに飲みに行くことがあるのだが、そこで偶然に出会ったのが唯香だった。二人は幼馴染で、一緒に飲もうということになった。
ホンワカとした可愛い子で、アパレルショップの店員をしているという。
それならと弟の幹 を誘い、彼女が務める店へ行くようになり、急接近したという訳だ。
「ご飯」
「助かるわ。上がれよ」
「うん」
今は店をやめて、花嫁修業と料理を頑張っている。
忙しい亮汰の為に、たくさんおかずを作って持ってきてくれるのだ。
「もうすぐだな、結婚式」
「うん。伊崎家の家族になれるの、すごく嬉しいよ」
結婚後は家に入ることになっている。母親と唯香は仲が良く、すでに本当の母と娘のようになっていた。
唯香が料理を温めてテーブルに用意してくれる。
座っている間に暖かい食事がだされる、それも一人ではないのだ。なんて幸せな時間だろう。
「頂きます」
「前よりも美味しいと思うよ」
初めて作った煮物は味が濃くてしょっぱかった。だが今は出汁がきいていて、味付けも丁度良い。
「うん、美味い」
「よかった」
胸をなでおろす仕草が可愛い。本当に良い子が伊崎家の嫁にきてくれたと思う。
唯香をみたら、でかしたといって褒めてくれるだろう。
「あら、亮ちゃん、なんか嬉しそうね」
そう頬を突かれる。
「いや、いい嫁を貰ったなって」
「やだ、亮ちゃんったら」
照れながら背中を叩く。性格もよくて可愛いなんて、本当にいい人と巡り合えたものだ。
「水瀬に感謝しないと」
「あはは。亮ちゃんに感謝されたら、輝くん、尻尾振って喜んじゃうよ」
亮ちゃんのことが大好きだものねと笑う。
「御馳走様」
「はい、お粗末様」
洗い物を済ませ、リビングで話しながらお茶をのむ。
大抵は唯香が話し、亮汰が聞くというかたちとなる。
ひと通り話をして、スッキリしたようだ。
「ごめんね。愚痴っちゃって」
「いいよ。この頃は忙しくて話も聞いてやれなかったし」
「亮ちゃん、優しい」
大好きと軽くハグをする。
甘えられて悪い気はしない。亮汰も軽く腕を回して背中をぽんと叩く。
「さてと、そろそろ帰るね」
「悪いな。ゆっくりしていけと言えなくて」
「いいよぉ。顔が見れたから。ただし、駐車場まで送っていってね」
と亮汰の腕に腕を絡める。
「わかった」
亮汰のところまではいつも車でくるので駐車場まで送り、またなと手を振って別れた。
ともだちにシェアしよう!