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ファミーユ(3)
家は平屋から洒落た二階建てになっていた。
チャイムを鳴らすと、桜が出迎えてくれる。中はバリアフリーとなっていて、親のことを考えて建てられていることに感心した。
これなら、もしも車いすの生活になっても楽だろう。それに、足腰が弱くなっても、手すりがあるから移動も安心だ。
「ただいま」
「おかえりなさい」
久しぶりにあう両親は歳をとり頭に白いものがまじっていた。
長い間、帰らぬ息子に文句を言うこともなく、お帰りといって迎え入れてくれた。
じんと込み上げてくるものがあった。申し訳ない気持ちや、今まで好きなことをさせてくれたことへの感謝、家族の優しさをしみじみと感じた。
「帰らなくてごめんな」
父親にそう言葉を掛けると、
「互いに元気ならそれでいい」
そう肩を叩かれる。その言葉が身に染みる。
これからは家族に恩返しをする番だ。だが、一番の恩返しは家庭を築いてくれることだと母親にいわれた。
向こうで良い人ができて、子供を連れて帰国すると思っていたそうだ。それには応えられず、心の中でごめんと素直に謝る。
隆也の恋愛対象は女性だけではない。むしろ、付き合っていたのは男の方が多いかもしれない。
これからは近くにいるのだし、店を出すことにしたからと言うと、話題はそちらへとうつった。
すっかりかわってしまったこの場所で、何処に店を出すのがよいのかを相談したかったので丁度よい。
すると桜が立ち上がり、戸棚がある方へと向かい再び戻る。
目の前に一枚の名刺を置く。
「朱堂 さん」
「知り合いなの。気さくで楽しいお兄ちゃん。それにやり手の営業マンなのよ」
あまりに軽くいうものだから、ちゃらい人なのかと思ってしまう。まぁ、自分もどちらかといえばそっちなので、まじめでお堅い人を紹介されるよりはよいかもしれない。
「ありがとう。連絡を入れてみるよ」
「話は終わった? じゃぁ、お昼にしましょうね」
テーブルの上におかずが置かれていく。隆也が帰ってくるからと朝から作っていたと桜が話す。
「そうなんだ。久しぶりだな、母さんの手料理」
母の手料理は懐かしく、しかも家族で囲む食卓は温かい。
色々と話していると時間はあっという間に過ぎていく。
そろそろ帰ろうかと腰を上げれば、
「そうだわ。結婚式までには、一度、恵子の所に顔出しなさいね」
恵子とは母の妹で、亮汰の母親のことだ。
「そうだね」
帰国したという挨拶と、結婚のお祝いを兼ねて顔を出さなくてはいけないだろう。
「亮汰と行けばいいじゃない」
「……え?」
桜と顔を見合わせる。
「え、じゃないわよ」
「あぁ、そうだね」
桜が一緒に行けという理由はわかる。亮汰の所に住んでいるのだから、声を掛けろということなのだろう。
その通りなのに、なぜ、一緒に行くことを躊躇ったのだろう。
「隆也、帰るなら送っていくわよ」
「あ、それじゃ、買い物したい」
「いいわよ」
冷蔵庫に何もなさすぎる。
「バゲットも欲しい」
「それならフランスパン専門店でも行く?」
マンションから少し離れた場所にあるらしい。
今日はそこに連れて行ってもらうが、近くのパン屋の場所も教えて貰った。
パンを買い、ショッピングモールで買い物を済ませる。
品ぞろえがよく、亮汰にあれもこれも作ってやりたいと、結構な量をカゴにいれる。
「どれだけ作るつもりよ」
桜がカゴの中を覗き込み、あきれかえる。
「住まわせてもらっているぶんは美味い料理でかえさないと」
「亮汰、太っちゃうんじゃないかしら」
確かに、結婚式前に太らせるのはまずいかもしれない。
「少し返してこようかな」
「ま、いいんじゃないの。プロの料理人が作ってくれるんだもの。食べなきゃ損よ」
それは、ただで食べられるからラッキー的なことだろうか。
だからと結婚式で衣装が着れなくなったら大変だ。
「桜ちゃん……」
適当だなぁというと、隆也が気をつければいいことよと返される。
たしかにその通りなのだが。
「わかった」
カゴの中の物はそのまま買うことにしてレジに並ぶ。
買い物を終え、マンションの駐車場まで送ってもらい桜と別れて部屋へと向かった。
「ただいま」
亮汰は会社なのでいないけれど、つい、口に出てしまう。
ただ、自分が帰る場所が亮汰の所、それだけで気持ちが高ぶり、浮かれてしまう。
あんなに長い間、会わないでいられたというのに。再び亮汰を近くに感じ始めたら、楽しい、嬉しい、幸せだと気持ちがふわふわとしていた。
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