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ファミーユ(4)
夕食の準備をしながら亮汰の帰りを待つ。
仕事以外で誰かのために腕を振るうのは、日本人の友人が帰国してしまってから久しぶりのことだ。
「ただいま」
「おかえり」
玄関まで迎えに行くと、亮汰が瞬きもせずにこちらを見上げていた。
「え、どうした?」
「あ、いや、エプロン」
カフェエプロンとかギャルソンエプロンとか呼ばれている、腰から下のエプロンを巻いていた。
「これな。似合うか?」
くるりと一回転してみせる。
「似合っている」
そう真面目な顔で返されて、妙に照れくさくなる。
「メルシー」
亮汰に良く思われたいので、その言葉は素直にうれしい。
「それにしても、いい匂だな」
キッチンからローストされた肉のいい匂いが漂ってくる。
「そろそろ焼き上がるから。お風呂にはいっておいで」
「そうする」
その間に冷蔵庫で冷やしておいたカルパッチョをガラスの器によそい、ソースを作っておく。
料理に合わせて赤ワイン(ヴァン・ルージュ)も用意しておいた。
唯香が用意したのだろう、可愛らしいランチョンマットをテーブルに敷き、その上に食器を置いた。
準備はこれでできた。後は亮汰を待つだけ。すると、ほこほこと湯気をたててキッチンへと入ってきた。
ほんのりと石鹸のいい匂いがして、ほんの一瞬、亮汰の方へと引き寄せられた。
「隆也さん?」
「ん?」
気がつけば亮汰の顔が近い。目があい、身体を離した。
「湯上りっていい匂いだよな」
「わかるわ、それ」
同じボディソープやシャンプーを使っているのに、他の人から匂う香りがよくかんじたりする。
そう口にした後に、
「朝、隆也さんもいい匂いだった」
と言われて、おもわずかたまってしまった。
「何を……」
その言葉に深い意味などないのだろうが、胸が激しく波打つ。
「隆也さん、美味しそう」
切なく見上げられて目を見開く。それって、そういう意味なのか?
ごくりと喉が鳴る。
だが、亮汰の視線は隆也からキッチンのオーブンへと向けられた。
「あぁ、そっちね」
何を考えているのだろうか。亮汰に対して。
「それ以外、あるのか?」
と言われて気持ちをきりかえる。
「何もないよ。今、用意するから」
棚から皿を取り出してローストした鴨をのせる。
「美味そう」
それを眺めながら亮汰が席に座る。
「マグレ・ドゥ・カナール。鴨の胸肉のローストだよ」
あとはオレンジソースをかけて、これで完成だ。
「へぇ。鴨なんて、鴨南蛮でしか食ったことない」
「あれは美味いよな」
「フランスにも蕎麦屋があるんだ」
「あるよ」
日本食の料理屋はけっこうある。
その中には怪しい日本料理をだしてくる店もあるが、その蕎麦屋はきちんと日本で修業してフランスで店を出したところだ。新蕎麦を食べられたときには偉く感動したものだ。
「ご飯も食べる?」
「食べる」
亮汰の為にお米を炊いておいた。
「頂きます」
手を合わせて鴨を一口。ほぅ、と、ため息をつく亮汰の口元は綻んでいた。
よかった。その表情を見たかったんだ。
食べやすくカットしておいたので、箸で掴んで食べている。
その姿を眺めていれば、朝と同じ顔をされた。
「俺、鬱陶しいっていったよな」
「はい。言われました」
本気で睨まれたので、つい敬語で返してしまう。
「まったく。俺の食いっぷりを見て何が楽しいんだか」
「作った者からしてみれば、美味そうに食べてくれるのは嬉しいものだよ」
「そうか。でも、見てないで食べろよ、暖かいうちに。美味いんだからさ」
料理が冷めてしまうのが気になるようだ。
「そうだね」
自分が食事をするよりも、亮汰が美味そうに食べる姿を見ているだけで十分だった。
だが、今度は亮汰がこちらを見ていた。きっと隆也が食べるまで見ているつもりだろう。
一口大にカットして口に運ぶ。
「うん、うまくできてる」
それを見て亮汰も再び食べ始めた。
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