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第5話

 財部(たてべ)正範(まさのり)と出会ったのは、二十四の歳だった。  財部は、蓮水(ハスミ)の馴染みとなり、十日と空けずにしずい邸に通うと、ついには翌年に、身請けまで申し出てくれた。    財部の申し出を受けるにあたり、蓮水は条件を出した。  ゆうずい邸に居るという弟もともに落籍(ひか)せてもらうこと。  蓮水の提示したその条件を、財部は飲まなかった。    いますぐに弟も、というのは無理だ、と跳ねのけた上で、財部は口元にしわを刻んで笑った。 「だが、きみ次第でそれはいずれ可能になる」  顎鬚を撫でた男は、畳に正座する蓮水を手招いた。  蓮水は膝を滑らせるようにして、男の傍らに(はべ)った。  財部の手が、蓮水の肩を抱く。そのまま、着物の(あわせ)を割って潜り込んできた指に、胸をまさぐられた。 「レンゲ。きみの口座を作ってやろう。きみが私の言うことを良い子で聞いている限り、そこに金は貯まり続ける。どうする?」    問われて、蓮水は返事をする代わりに、財部の下腹部へと唇を寄せた。  布地に隠れていた男根を引き出し、口淫すると、やがてそれは興奮を宿して硬く勃起した。  唾液を絡ませながらしゃぶる蓮水の後頭部を、財部が撫でた。   「よし。良い子だ」  言葉とともに、ぐい、と頭が押される。  喉奥にペニスを突き立てられ、蓮水はぐえっと呻き声を上げた。  しかし唇は離さない。  これ以上嘔気を起こさぬよう、喉を開き、ぐぽぐぽと口を犯す陰茎に、奉仕を続けた。    吐精とともに、契約は相成った。  蓮水は財部に買われた。  男の白濁を喉を鳴らして飲み込む様を、少し離れた場所から、飯岡(いいおか)が見ていた……。   蓮水の身請けは滞りなく終了し、蓮水は淫花廓を出た。  後部座席に座る蓮水の隣には、財部。助手席には、飯岡。    運転手のなめらかなハンドル捌きと、窓の外の景色を見るともなく眺めながら、蓮水は車中で財部に抱かれた。    それからの蓮水は、財部が求めればそこがどこだろうが男に体を開いた。  寝室、リビング、庭、会社の会長室、会議室、接待のための料亭……。  新しく手に入れた玩具を見せびらかしたいのか、財部はだいたいどこへ行くのにも蓮水を伴ったし、連れて行かれた先で自分が見世物になることは、蓮水もちゃんと理解していた。  財部が常に傍に置いているのは、蓮水だけではなかった。秘書の飯岡も、そこに存在した。  つまり飯岡は、財部と同じだけ蓮水の恥態を観察していたし、財部と同じだけ蓮水の嬌声を聞いてきたのだ。  違うのは、飯岡は一度も蓮水を抱いていない、ということだけである。  財部には妻子が居たが、完全に別居状態で、離縁の手続きをしていないだけで事実上は離婚したも同然であった。  屋敷に財部の妻子の姿がないことが唯一、蓮水の気を楽にしてくれた。    財部は蓮水を玩具にしたが、不当な暴力は振るわなかった。  こう言っていいならば……やさしかった、と、思う。    プレイ中はひどい行為を強いたりもされたが、それ以外の日常生活では、財部は蓮水を可愛がってくれた。  財部と蓮水とは親子以上も歳が離れていたから、父親代わり、という感じは皆無だったが、たとえばしわのある手で頭を撫でるような他愛のない接触のときに、なんとも言い難いぬくもりがそこに存在しているような気が、蓮水には、した。  財部の元へ来て三年が経過したある日。  財部から養子縁組の書類と、通帳を手渡された。  蓮水は、財部蓮水という名になった。    足りるか、と男に訊かれて、蓮水は通帳を開いた。  ゼロが七つ並んだ数字が、印字されている。    わかりません、と蓮水は答えた。  弟を淫花廓から身請けするのに、いったいいくら必要なのか。  それは財部の方が詳しいだろうに、彼はなんの助言もくれずに、そうか、と呟いた。  弟を引き取りたいなら、もっと頑張りなさい。  白いものの混じったひげを撫でて、財部がそう言った。  蓮水は諾々と頷いた。  弟との再会だけが、蓮水のよすがだったから。  他の……自分の身に降りかかる他のことは、蓮水にとっては些事にも等しかった。  財部に飽きられないために。彼を愉しませることができるように。  蓮水はもっともっと頑張らなければならなかった。    しかし、蓮水が財部の養子となってひと月も経過しないうちに、財部正範が急逝した。    生前に彼が残していた遺書には、全財産と財部の持つ権利のすべてを蓮水に譲る、と記されていた。    財部の死後、即座に淫花廓へ向かおうとした蓮水を止めたのは、飯岡だった。  せめて喪が明けるまでは大人しくしておかないと要らぬ憶測をされます、と、見た目だけは爽やかな美貌の秘書はそう言った。  蓮水はもう充分に待った。  さらにこれ以上なんて、我慢ができなかった。    会いたい。  いますぐに、会いたい。  十七年もの間離れ離れになってしまった弟に。  いますぐ会いたかった。  蓮水は泣いた。  両親の死後、これほど感情をむき出しにしたのは初めてだというほどに、泣いた。  手当たり次第に物を投げ、飯岡を殴り、また泣いた。    譲歩したのは、飯岡の方だった。      わかりました、と秘書は淡々と頷いた。    飯岡の動きは早かった。  彼は、すぐに淫花廓の楼主と繋ぎをとり、財部の盛大な社葬が終わって荼毘に付されたその翌日には、蓮水は戻り橋を渡り、現世から隔絶されたかのようなこの空間に足を踏み入れることができたのだった……。

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