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第24話

 諸住(もろずみ)、という男はロマンスグレーを絵に描いたような男で、五十代半ばと常務の中では一番若かった。  人脈と経営手腕を買われトントン拍子に出世した彼は、財部(たてべ)ホールディングスでは一番の古株である久下山(くげやま)の子飼いだと、飯岡には聞いていた。  社内の派閥、というものが蓮水(ハスミ)にはよくわからない。  蓮水はただ、自分に食指を動かす男の相手をするだけだ。  蓮水が従順であれば、おかしな波風はどこにも立たない。  少なくとも、蓮水の周囲では。  ほかの幹部連中と比べると、この諸住の相手はいくらか楽であった。  複数のプレイを強要されることがないからだ。  諸住は、犬猫を愛でるように、蓮水を使う。  この日も、ソファで横たわる蓮水の体を、大きなてのひらで撫でまわしてきた。 「相変わらず細い体だ。ちゃんと食べてるかね?」  腰を撫で上げた手で戯れのように乳首を弄られ、蓮水はビクッと肩を跳ねさせた。  男の指が、胸の突起をすりつぶす。  そのたびに電流のような刺激が全身に走り、体がいやらしく痙攣する。    感じたくない、という思いとは裏腹に、よく仕込まれた蓮水の肉体は些細な刺激にも反応してしまうのだった。  蓮水は唇を噛んで、喘ぎを噛み殺した。  会話など、したくはなかった。  相手は蓮水を玩具として扱っている。だから蓮水も、自分に触れている相手は人間ではないと考えるようにしていた。  モノ同士なのだから、意味のある会話をする必要はなかった。 「きみは頑なだ」  諸住が笑った。  笑いながら、よしよしと蓮水の髪を撫でてくる。  ペットを毛並みを楽しむようなその仕草から、蓮水は首を振って逃れた。 「一向に僕に懐かない。だが、そこがいい。懐かないくせに、快楽に蕩けるきみは、見ていて楽しい」  そう言った諸住が、蓮水の足を抱え上げた。  露わになった尻の狭間に、たっぷりのジェルをまとった男の指がねじ込まれる。  諸住は、こういうところも楽でいい、と蓮水は思った。  役員の中にはたまに、ほぐしもせずに突っ込んでくる男が居るのだ。  諸住はそういう乱暴な行いは、一度もしたためしがなかった。  ぬくっと突き入れられた指が、後孔を探って……ふと動きを止めた。 「柔らかいな……」  独り言ちるような呟きが降ってくる。  蓮水はぎくりと体を強張らせた。  そこは昨夜……蓮華(レンゲ)を受け入れた場所で……。  中に出された精液は掻き出し、痕跡はすべて消したつもりであった。  しかし、孔のほころび具合を指摘されて、蓮水は動揺を顔に出さぬよう、(まなじり)にちからを込めた。 「きみが前回会議に出たのが一週間前……その間誰にも抱かれていないと思っていたが……」  くちゅり、くちゅりと蓮水の中を探りながら、諸住が首を捻った。  不審に目を細めた男が、三本に増やした指で媚肉を攪拌し始める。   「きみのココは……女の性器のようになっている」 「……っっっ!」      ぬちゅっ、ぐぽっ、と音を立てながら前立腺を責められ、蓮水の背がソファから浮いた。  勃起したペニスが切なげに震え、先端から雫をこぼしている。   「……っあ、や、やめっ」  蓮水は両手で、後ろを責め立ててくる男の腕を抑えた。  しかし筋肉質な腕の動きは止まらず、蓮水はいよいよ追い詰められた。  ジェルの水分が股間をびしょびしょにしている。  激しい水音とともに諸住が感じるスポットに指の腹を押し付けたままで、ちから強いピストンをした。 「~っっ! ああっ、あっ、と、とめてっ、あっ……ひぃっ」    活きの良い魚のごとく、蓮水の体が跳ねる。    だめだ。  イってしまう。  男の指で、イってしまう……。  ソファについた足裏を突っ張って、腰が浮いた。  いまにも射精する……というまさにそのタイミングで、諸住が動きを止めた。  蓮水は思わず閉じていた目を開いて、涙で歪む視線を男へと向けた。    諸住が蓮水を見下ろして、片目を細めた。 「誰と寝た?」  短く問われ、蓮水は弾む呼気の合間に首を横に振った。  くちゅり、とまた中を探られる。  今度はゆっくりとした動きだった。 「ひっ……あ、ああっ」  絶頂が間近の体が、さらなる刺激を求めて勝手に腰をくねらせる。  それを吐息だけで笑って、諸住がもう一度問うた。 「この一週間で、誰と寝た?」 「だ、だれとも、してないっ」 「?」  蓮水は目を丸くした。  一体なにを言い出すのかと、可笑しさに思わず嘲笑をこぼしてしまう。 「飯岡? 飯岡はあんたたちとは違いま、あ、ああっ」  ぬちゅっと音を立てて、諸住が指を引き抜いた。前触れのないその刺激に、蓮水の喉から嬌声が漏れた。  ぬらりとテカる指を軽く振って、スーツを着込んだままの諸住がポケットから取り出したハンカチで手を拭う。  全裸の蓮水は居心地の悪い気分になり、だらしなく開いていた足を閉じた。    諸住が、蓮水の足元側に腰を下ろした。  座面が男の体重で沈み込む。  折り曲げていた蓮水の膝の丸みに、てのひらを乗せて。  諸住がそこをやさしげな仕草で撫でてきた。 「どう違う?」 「……え?」 「きみの中で、飯岡は我々とどう違う」  質問を重ねられ、蓮水は戸惑った。    諸住の眼差しが、じっと蓮水に注がれている。  その真剣な色合いに、蓮水はごくりと生唾を飲み込んだ。 「飯岡をあまり信用しないほうがいい」  低い声が、囁いた。   「警察が、来ただろう?」  片膝を、ソファに乗り上げて、諸住がスラックスのファスナーを下ろした。  男は開いたそこから自身の陰茎を取り出すと、蓮水の足の間に改めて陣取り、膝裏に手を入れてきた。 「誰がなにをどうリークしたんだろうな」  男の切っ先が、ほぐれた孔に当てられる。  蓮水はただ、仰向けのままで茫然と諸住を見上げていた。  伸びてきた男のてのひらが、蓮水の頬をやわらかく撫でた。  親指の腹が、そっと、目元をこすってくる。  よしよし、とペットを撫でるように。 「蓮水くん。きみを陥れて得をする人間が、我々役員だけとは限らない。きみの秘書はどうだ。財部会長に一番可愛がられていた、きみの秘書は」  右足が、深く折り曲げられた。  諸住が体重を乗せてくる。  太く張り出したペニスが、ゆっくりと蓮水の中に侵入してきた。  蓮水の唇が開いた。  荒い呼吸が漏れた。  どうしてよいがわからずに、蓮水は闇雲にソファに爪を立てた。 「きみが居なければ、飯岡が財部会長の資産のすべてを受け継いでいただろう。……」  深々と、男の欲望が埋め込まれた。  苦しさに、蓮水は呻いた。  目から涙が溢れた。  熱い雫はこめかみを伝い、次々に流れて落ちてゆく。  蓮水の中を穿ちながら、諸住が、やわらかく蓮水の涙を拭った。    男の放った問いは、鋭い杭となって蓮水の胸に突き刺さった。 「蓮水くん。きみを警察に売って一番得をする人間は誰だろうな?」   

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