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第32話

 十代のころの性欲は際限がなかった、と言っていたのは客の誰かだっただろうか。  蓮水(ハスミ)蓮華(レンゲ)に揺さぶられながら、ぼんやりとそんなことを思った。  蓮華は二十四歳だが、性というものに目覚めたのが最近なのだから、十代の性欲と比べても遜色ないのかもしれない。  だから毎日、蓮水の体を求めるのだ。  好きだから抱く、だとか。  愛しているから交わりたい、だとか、そういった気持ちのつながりを求めての行為ではない。  ここに居るのが蓮水だけだから、溜まった性欲を発散するためだけに蓮水を抱いているにすぎない。  たとえば寝転がっているのが飯岡であったとしても、蓮華は勃起すれば突っ込むのだろう。 「あっ、あっ、も、もっと、ゆっくりっ、ゆっくりしてっ」  ばちゅばちゅと腰を叩きつけられ、蓮水は悶えながら腹部を波打たせた。  蓮華のペニスは大きくて、長い。  それが欲望のままに体内で暴れまわるので、蓮華が満足する頃には蓮水はくたくたに疲れ果ててしまうのだった。  ふっ、ふっ、と呼吸を荒げている蓮華が、蓮水の両足を抱え上げてちから強い律動を繰り返している。  ぐぽっ、ぬぽっ、と肉筒からひっきりなしに滑った音が響いていた。  蓮水の視界の中で、お守り袋が揺れている。  蓮華が首から下げている、ビー玉の入った小さな巾着。  ゆらり、ゆらりと奔放に動くそれを、蓮水は無意識に目で追った。   「ハスミっ、出るっ、出るっ」  蓮華が切羽詰まった声を出した。  蓮水は男娼のときに受けた手ほどきを思い出して、後孔をきゅうっと絞った。  狭まったそこを割り開き、蓮華の亀頭部分がぬくっと侵入してくる。  奥へ。さらに、奥へ。 「あ~っっっ」  蓮水の喉から嬌声が漏れた。  男のポルチオとも呼ばれる結腸部分に、蓮華の先端が届いている。  そこをぬこぬこと突かれて、蓮水は中イキした。  ビクンっ、ビクンっ、と全身が跳ねる。  その蓮水を押さえつけて、蓮華がひときわ強く腰を打ち付け……そのまま蓮水の内側で果てた。  熱い飛沫を放たれて、蓮水の腰が震えた。  蓮水が女であれば確実に孕んでいる。蓮華と肉体をつなげるようになって数週間で、そう思えるだけの回数と量を、蓮水は注がれ続けたのだった。  法悦を終えた蓮華が、脱力する。  蓮水は両腕を男の背に回し、裸の胸を合わせた。  仰向けの蓮水に覆いかぶさる形となった蓮華の、荒い呼吸が耳元で響いている。  大柄な男の体重は重い。けれど、いとしい。  蓮水は蓮華を抱きしめたまま、彼の体温を味わった。  明日にはまた、役員たちに体を開かれる。  抱かれたくもない男たちに、撫でまわされ、舐めまわされ、貫かれる。  逃げ出してしまいたい。  でもそれはできない。  蓮華との生活を……この、閉ざされた空間をまもるためにも、財部(たてべ)の地位を失うわけにはいかなかった。 「ハスミ、苦しい」  腕の中で蓮華が身じろいだ。  気づけばちから任せに縋り付いてしまっていたようだ。  蓮水が慌てて腕を広げると、蓮華がぱっと上体を浮かせた。  まだ離れてほしくなかった。  もう少し、ぬくもりを感じていたかった。 「蓮華……」  かすれた声が唇から漏れた。  散々喘いだから、喉がからからだ。 「抱きしめて、くれないか?」  蓮水はか細い囁きで、蓮華へと乞うた。  蓮水を見下ろして、蓮華が首を傾げた。 「なんで?」  あっけらかんとした口調だった。  黒々とした瞳が、心底不思議そうに蓮水を映している。  なぜ自分が蓮水を抱きしめる必要があるのか、本気で疑問に思っている表情だった。  蓮水はぎくしゃくと首を横へと振った。  なんでもない、と言おうとして口を動かした。けれど声が出なかった。  みっともなく泣き出してしまいそうだ。  これでは蓮水の方が子どものようではないか。    忙しない瞬きをして胸を喘がせ、深呼吸をした蓮水の頭に、不意にてのひらが乗せられた。  蓮水は驚いて男を見上げた。 「怖い夢見たとき、おれ、こうしてもらった~」  えへへ、と蓮華が顔全体で笑って、ごろり、と蓮水の隣に転がった。  蓮華のあたたかな手が、蓮水の肩を抱く。  そのまま引き寄せられて、蓮水は蓮華と向かい合う形で彼の腕の中に納まった。 「ハスミも怖い夢見るの? おれがよしよししてあげる~」  言葉と同時に、蓮華の大きな手で後頭部を撫でられる。  不器用な動き方だった。  けれど、やさしい温度だった。 「……が?」 「ん?」 「誰が、おまえに、そうしてくれたの?」  蓮水は男の胸に頬を擦り付けて、吐息とともにそう問いかけた。  蓮華が「え~っとね」と蓮水の髪を梳きながら、屈託なく答えた。 「おれとおんなじお面かぶってるひとたち~。あとね、たまに楼主さまも来るの。おれが泣いてると泣くなって叱られるの~。でもそのあとよしよしってしてくれるんだよ。あとは~般若さんも」  淫花廓でのことを弾んだ声で話す蓮華に、蓮水の胸は引き絞られるように痛んだ。  この男はもう、蓮水の弟ではないのだな、といまさらながらに痛感した。  蓮水の弟として過ごしたのは七年間。  そして、それ以上の時間を蓮華は、淫花廓という場所で育ってきたのだ。  きっと、あそこで暮らす男衆たちの方が、蓮水などよりもよほど、蓮華にとっては家族なのだろう。   「蓮華……楼主は好きか?」 「うん。ちょっと怖いけど好き~。お面かぶってるひとたちもやさしくて好き~。でもおじいさんのお面のひとはおれのことよく怒るからあんまり好きじゃないの」 「……般若は?」 「好き! 般若さんは~、よく甘いものくれるから好き!」 「飯岡は?」 「いーおか? いーおかも好きだよ~。でもいーおかは、おれの嫌いな野菜たくさん入れるからそのときは嫌~い」  なめらかに、歌を口ずさむように蓮華が答える。  蓮水は男の胸に顔をうずめたまま、ぽつりと尋ねた。 「じゃあ……オレのことは?」  さりげなさを装ったけれど失敗した。緊張で尖った声になってしまった。  蓮水の頭を撫でる手は止めずに、蓮華が躊躇なく答えた。 「ハスミは~、ハンバーグ作ってくれるし、気持ちいいことしてくれるから、好き~」  ほかの人間と寸分の違いもないトーンで、好き、と言われて。  蓮水は眉根をきつく寄せた。  馬鹿なことをした、という後悔が苦く胸の奥を焼いている。  蓮華の返事などわかりきっていたのに、なぜ聞いてしまったのだろう。  蓮水のことを特別になんて思っていないと、知っていたはずなのに。  抱きしめられて、頭を撫でられて。  たったそれだけの触れ合いで、まさか勘違いをしたわけでもないのに。  なぜ、わざわざ傷を抉るように、確認してしまったのだろう。  蓮水は、男の胸元に両手を置いて、体を引きはがした。  空間ができると、肌に残る体温が一気に空気に溶けてしまう。  それを惜しみながらも蓮水は、蓮華から距離をとった。    「蓮華。オレ、もう一回シャワー浴びてくるから、先に寝てな」  蓮華の顔を見ないままに、蓮水は上体を起こして、ベッドから降りようとした。  体内に残ったままの蓮華の精液を、きちんと処理しなければならない。  いつもは蓮華が寝てからこっそりと風呂場に行っていたが、いまはそれが待てなかった。  足裏を床につき、立ち上がる……その途中で、パシっと手首を掴まれた。  あ、と思う間もなく蓮水は再びベッドに押し倒される。 「ハスミ。もう一回。おれ、もう一回したい」  蓮華が蓮水の足を割り開きながら、自身のペニスを手で扱き、先端を後孔へとひたりと当ててきた。  蓮水は諦めの色を溶かした瞳を、瞼を閉じることで覆い隠して。  なにも生み出すことのないその行為を受け入れた……。        

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