36 / 55
第35話
新品の下着と、古着のような衣類が差し入れられた。
余計な散財をした、と久住 が言ったので、彼が買ってきたものであることが知れた。
ということはつまり、飯岡の差配ではないということだ。
蓮水 が警察に拘束されていると知れば、真っ先に動いてもよさそうな秘書は、服の差し入れすらもしてくれはしないという事実に、蓮水は暗澹たる思いになった。
本当に飯岡が、蓮水を逮捕させようとしているのだろうか。
そんなに蓮水が邪魔だったのか。
財部 正範 の愛人というポジションを奪った蓮水が……。
だって、蓮水は知らなかった。
飯岡が財部とそういう関係だったなんて、知らなかった。
財部の遺言状のことだって、その中身を知ったのは財部の死後で……財部の資産のすべてを蓮水に譲れなんて乞う真似は、一度たりともしなかったのに。
蓮水はただ……蓮華 を。
弟を、取り戻して。
二人で生きていきたかっただけなのに……。
「おいっ」
肩を軽く小突かれて、蓮水はハッと意識を引き戻した。
警察に連れて来られて三日目の朝だった。
ここしばらく慢性的な寝不足に悩まされていた蓮水だったが、拘留されてからはいよいよ眠れなくなっていて、なにをしていても気が散漫になってしまうのだった。
「聞いてたか? もう一度読むぞ。アンタは財部正範の財産をすべて自分のものにしようと企て、財部に遺言状の書き換えを迫った。山脇専務には会長の椅子を餌にして協力を持ち掛けた」
「……違う」
蓮水はちからなく首を横に振った。
もう幾度目になるのかわからないほどに繰り返されたやりとりであった。
うんざりしたように久住が舌打ちを漏らす。
男が事務机の足を、ガンっと蹴った。
「久住」
すぐに葉山の叱責の声が飛ぶ。
すみませんね、と彼が目尻にしわを寄せながら蓮水に詫びてきた。
しかしやさしげな振る舞いをするこの男だって蓮水の味方ではない。
飴と鞭の役割を果たしているだけだと、すぐに知れた。
「財部さん。正直に話してくれれば、すぐに出してあげますから」
好々爺 然とした笑みで、葉山が囁く。蓮水はそれにも、否定の形で首を振ることで応えた。
沈黙が束の間、広くもない部屋に落ちた。
それを破ったのは久住だ。
「ヤマさん」
と彼は先輩刑事を呼んで、ドアをくいと親指で示した。
「タバコ休憩、行ってきたらどうスか」
「……そうだな。財部さん、少し休憩しましょう」
休憩、という単語をわざとらしく口にして、葉山が部屋を出て行った。
残った久住が、蓮水の背後に回ってくる。
蓮水は背すじを強張らせた。
この後なにが行われるか、昨日、身を以て知ったからだ。
「なぁ」
久住の腕が、パイプ椅子に座っている蓮水の肩に回された。ずっしりとしたその重みは、体を少し捩った程度では離れていかない。
「白 を切ってもいいこたないって、アンタもよくわかってんだろ?」
男のしゃがれ声が耳朶に吹き込まれる。
上体を倒した久住の手が、机の下へと潜り込んできた。
蓮水の履いているスウェットのズボンの上から、股間を揉まれる。ビクッと体が跳ねた。太ももが机の裏に当たり、ガタっと音が鳴った。
「自分がやったって言えよ」
囁きながら、久住が蓮水の性器の形を確かめるように、やんわりと握ったそこを、くにくにと刺激した。
「は、離せ……」
蓮水は久住の手首を掴み、遠ざけようとしたが、男のちからの方が強かった。
蓮水の抵抗を歯牙にもかけずに、久住がゴムのウエストの隙間から手を差し込んできた。
蓮水は堪らず立ち上がった。
男を押しのけ、机から離れようとする。
しかし、蓮水の背にのしかかるようにして久住が体重をかけてきたせいで、寝不足でちからの入らない足がふらつき、上肢をテーブル面に臥せる態勢となった。
「どけっ! こ、こんなこと、ゆるされない……」
肘を折り曲げられ、後ろ手に掴まれる。
蓮水を片手で易々と抑えつけた久住が、空いている手でズボンを下着ごとずり下げた。
「昔は取り調べも楽だったが、いまは外野がうるさくてなぁ。俺はべつにアンタを痛めつけてるわけじゃない。そうだろ? おまけにいまは、休憩中だしな」
喉奥で笑いながら、久住が唾液をペッと自身のてのひらに吐き出すと、その手で蓮水の陰茎を直に握った。
こす……と上下に扱かれ、よく躾けられた蓮水の体は、容易く快感を拾い上げてしまう。
「言えよ」
久住が囁いた。
男の手は止まらない。
ぬち、ぬち、と先端をいじくる彼の指を、先走りの液体が濡らし、蓮水の意に反してその動きをスムーズにするのを手伝った
「会長が疎ましかったんだろ? こうして好きに嬲られて、嫌気がさしてたんだろ?」
断定的な問いかけに、蓮水は首を横に振った。
「は、離せっ」
「財産目当てに会長を殺した、そうだな?」
「違うっ。オレはなにもしてないっ、あ、ああっ」
敏感な先端を刺激され、体がビクンっと跳ねた。
嘲笑とともに、さらにそこを責められた。
蓮水は頬をテーブルにこすりつけ、唇を噛んで耐えた。
内腿が震える。
男娼として仕込まれた己の体を、蓮水は憎んだ。
こんな状況で……達しそうになるなんて……。
久住の手の中で、蓮水の欲望は育ちきり、解放を求めて張り詰めた。
蓮水は眉をきつく寄せた。
噛み締めたはずの唇が開く。
喘ぎがいまにもこぼれそうで……がくがくと膝が揺れた。
だめだ、イく、イってしまう。
そう思った瞬間、愛撫の手が止まった。
蓮水は荒い呼吸を繰り返しながら、涙で滲んだ目を動かし、背後の男を見た。
久住と視線が合うと、男がシニカルに笑った。
「言え」
促され、蓮水は首を横に振る。
「素直に言えたらイかせてやる」
「……オレは、なにもしてない」
「昨日も強情張って、泣いてただろうが。ひと言言えば済む話だ。いまだけでいいから認めろよ。そしたら家にも帰れるし、このまま射精もさせてやる」
寝不足で思考力の落ちた脳裏に、久住の声が溶けてゆく。
「どうせ非公式の取り調べなんだ。この場でやりましたって自白したからって、それで即逮捕になるわけじゃない。後日改めて聴取をとる場を設けるから、そのときに弁護士でも連れて来ればいい。早く帰りたいだろ?」
男の指がまた陰茎に絡んだ。
勃起したままのそれを、よしよしと慰めるように撫でられ、蓮水はビクビクと腰を動かした。
背後に突き出す形となっている尻に、久住の下腹部が当たっている。
後孔が疼いた。前を弄られれば後ろに挿入してほしくなる。そんな体に、なっている。
「ほら、言えよ」
くちゅり、と鈴口に親指の腹を割り入れて、久住が言った。
蓮水は、朦朧とした意識の中、喘ぐように口を開いて……。
「なにも、してない……」
と、弱弱しい声で否定した。
久住の手が、無情に離れた。
そのタイミングで部屋のドアが開いた。
葉山が戻ってきたのだ。
男の服からは、タバコの香りが漂ってきた。本当に喫煙所へ行ってきたのだろう。
「休憩は終わりだな」
久住が肩を竦め、勃ち上がっている蓮水の性器に構わず、下着とスウェットのズボンを無造作に引き上げて、蓮水から離れた。
「さて、聴取の続きをしようか」
久住の狼藉が目に入っているであろうに、葉山は後輩を叱責することなく、にこりと笑ってそう告げてきた。
久住にずっと抑えられていた肘の辺りが、鈍く痛んで……。
蓮水はパイプ椅子に座ると脱力して、事務机に伏した。
ストレスと不眠で頭がどうにかなりそうで。
もう限界だと、他人事のようにそう感じた……。
ともだちにシェアしよう!