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二年目・冬

「は? え? ……ネット回線? 何? ……だから、電話会社が何。つーかまず落ち着いてもう一回最初から言ってくれまじで」  重い黒電話の受話器を持ちながら、心なしか遠いような親父の声を必死に聞き取ろうとするけれど、そんな時に限って足元に俺のアイドルがじゃれついてくる。  なーなー鳴いてるグラオは今日もかわいい。くそかわいい。でも俺の左手は受話器を支えてるし、右手は取りとめのない親父の言葉を一応書きとめる為にペンを握りしめていて、猫を抱きあげる余裕はない。  向こうでヴァルツと遊んでろと追い払っても、猫にジェスチャーが通じるわけもなく、結局ふかふかした獣を足であしらいながら会話をすることになる。  ただでさえ何言ってるのかよくわかんないのに、余計に頭に入って来ない。どうしてオッサンとオバサンはネットって言葉を聞いただけでパニックになっちまうんだろう。普段はあんなに頼りがいがある男の声が、やたらと弱々しくて微妙な気分になってしまう。 「いやだから、まずどっから電話かかって来たか教えて。……うん。うん。……うん? あー、それ、あれだよプロバイダ乗り換えませんかっていう勧誘。そう、別にうちが料金払い忘れたとかネット壊れたとか契約が切れたとかそういうんじゃないやつ。セールス。セールスの電話だからさ……え? 知るかよ適当に結構ですって言って切っとけばいいよ。じゃかなったら俺の携帯に回して良いから。普段はちゃんと繋がるとこにいるからさ」  じゃあねと電話を切る時に、受話器を下ろす手がぷるぷる震えた。黒電話って初めて使ったけどなんでこんなに重いんだ。そら、鉄アレイとかに比べたら軽いだろうが、現代の携帯電話や家電話と比べたら笑いが出るほど重い。  やっと空いた両手でグラオを抱きあげて、カウンターの中でなにやら作業中の家主に声をかけた。今日も赤い魔女は、なぜかユニセックスに見えるロングスカートをだらりと腰に巻いている。 「電話、どうもありがとうございました。つーか丹羽さんちなんで携帯電波入んないの? 殺人事件起きたら完全にミステリ小説案件じゃん!」 「二十分も歩けば街に出るのに、クローズドサークルにはならんだろうよ。というかアタシもね、まさか携帯の電波とやらが入らないとは思いもしなかったんだよ。自分で使わないもんだから、いやはやそんなこともあるもんなんだねぇ」 「うわー超他人事……そもそも現代の二十代で携帯持ってない人間がいるとか、もうそっから突っ込むべきかなって俺は思う」 「来年三十だよ。都会の若人と一緒にしなさんな」  いやうちの両親だって携帯くらいは持っている。時折メールが来るくらいは使いこなしているし、絶対に歳のせいじゃないと思う。  丹羽さんは見た目と住居と同じように、生き方も浮世離れしている不思議な人だった。ということに気がついたのは去年の雪解け間際の事で、その頃にはすっかりこの垣根の上のカラスにも通い慣れていた。  こんな怪しい店に縁も用事もないかな、と思ったのは大間違いだった。去年はとにかく雪が多くて、丹羽さんの家は何度か孤立し、その度に俺は除雪ダンプを武器に食料や生活物資を届けに行った。  五回目に灯油を届けに行った時に、もう面倒だから冬の間だけ町に降りてくださいと懇願したのに、ここに来るのが嫌なら別に、来なくても平気だよとやんわりと拒否された。解せない。  でも毎回ものすごく感謝されるしお茶と焼き菓子を振る舞われるし、グラオは段々と俺に懐いてきて膝の上に乗るレベルになったし、なかなか『じゃあもう来ません!』とは言い出せず、結局俺は垣根の上のカラスにあしげく通った。  そのうち、丹羽さんとの距離感も掴めて来て、俺の緊張も徐々に取れてきた。  なんかよくわかんない人だし、本名だって俺は知らない。でもまあ、喋ってる分には楽しい人だから、割とこの店に来ること自体は嫌じゃない。  良子叔母さんは相変わらずまったりとしていて、亜美ちゃんは受験に追われている。俺は春から秋まで親父にどやされつつレタスとサラダ菜を育て、冬になるとやっぱりお声がかかって、雪国のペンションに舞い戻って来た。  毎日女性二人に囲まれていると、どうしても気を使ってしまう。一番身近にいる男性が丹羽さん、ということもあり、グラオの存在を引いても、わりとこの垣根の上のカラスを重宝していた。  丹羽さんは話の空気作りがうまい。ふらふらとはぐらかされる様な会話も、慣れると面白くてわりと楽しい。  どんなくだらないことにもレスポンスが返ってくるから、丹羽さんはマメだ。気を抜いて喋る事が出来る。それは結構重要な事で、気が付けば三日に一度は暇を見つけて垣根の上のカラスに通うようになっていた。  町の配達員のヒデじいさんが、正月あけに腰を痛めたっていうどうにもならん事情も、まあ、あるっちゃあるんだけど。  丹羽さんは左足がどうも不自由らしく、そう言われて初めて気がついたけど、確かに歩く時にほんの少し引きずっている。基本的に家の中以外で見ないから、走ったり長距離歩いたりしている姿を見ない。ていうか要するに、走ったり長距離歩いたりがなかなか難しいらしい。  じゃあ余計にこんな辺鄙な湖畔に住むなんて自殺みたいなもんじゃんって話になるんだけど、その話は何回しても煙たがられるから、もう最近は諦め始めた。  丹羽さんがてこでも動かないなら、俺が通えばいい話だ。今まで生活物資はシルバークラブのボランティア配達員のヒデじいさんの仕事だった。そのじいさんの代わりで、なんとなくそのお鉢が俺に回って来たわけだ。  どうせ仕事じゃなくても、暇を見つけて顔を出して猫を弄っていた。むしろ正々堂々と訪問できる口実を得たわけだけども。  相変わらず、丹羽さんの家までのけもの道はいつだって雪に埋もれていて、何度除雪してもすぐに道だか森だかわからなくなる。それこそ他人が入る事を拒む魔法でもかかってんじゃないのかって思う。  一年目は歩く度に疲労し片道三十分かかっていた道のりも、今年はどうにか二十分まで短縮できた。日々地道に除雪している効果は、若干くらいはあるのかもしれない。 「若人っつったって、俺だって別にそこまで若くないっすよ」  抱き心地の良いグラオをもふもふと撫でつつ、七つ年上の奇麗な男の手元を覗きこむ。  さっきまで、垣根の上のカラスは珍しく客で溢れていた。小さなテーブルの上はすっかり奇麗に平らげられた焼き菓子の皿と、空になったカップが並んでいる。  それの片づけをしているのかなーと思ったら、違うらしい。古めかしいコンロの上の鍋の中には、牛乳らしき液体が波打ち、更にハーブらしきものが浮いていた。 「アタシからしたら十分若いさ。お前さんもさっきの女子も、すべからく若い、若い。湖畔の魔女は若さがまぶしくて目が潰れちまいそうさ」 「丹羽さんは、なんつーか、年齢云々じゃない感じっていうか、そもそも見た目相当わけわかんないしめっちゃ美人じゃないっすか。それこそ魔女じゃん。さっきだって普通に女子高生の輪に混じってたし」 「それなりに気を使っていたとも。若い子たちは可愛いから、嫌いじゃないけどねぇ。アタシはいいんだが、どうもヴァルツとグラオは彼女たちのお化粧の匂いが駄目らしい。グラオは積極的に喧嘩を売るもんだから、お前さんが丁度居る時間で良かったよ」 「あ、ほんとっすか。なんか、俺邪魔じゃなかったかなーと思ってたんですけど。別に輪に入るわけでもなかったし」 「彼女たちはちらちらと気にしていたけどね」  まあ、それは気が付いていたけれど、俺はどうもあんまり群れる女子というものが得意じゃないし、ひたすらに部屋の隅でグラオを構う係に徹していた。  垣根の下のカラスを訪れた三人組の女子高生たちは、ひとしきりお茶と焼き菓子を楽しむと、丹羽さんを囲んで占いの話や恋愛相談を繰り広げ、最後は小さなハーブオイルを買って騒がしく帰って行った。  実はこの辺鄙な店は、結構来客があるらしい。ということは話には聞いていたけれど、実際に自分と亜美ちゃん以外の人間を見たことがなかったので、それも雪の降らない季節の話だろうと思い込んでいた。  素直にそう告げると、鍋をゆっくりと混ぜて居た丹羽さんが笑う。 「まあ、通年ならそうさね。この雪のけもの道を、わざわざ分け入って入ってくるのはヒデさんか、それとも亜美か、まあその二人だね。でも今年は優秀な若人が除雪をしてくれているお陰でね、女子高生の足でもどうやら辿りつけるようなんだよ。いつも死ぬほど退屈な冬が、今年はどうも賑やかさ」 「……あ。ええと、余計なお世話、でした?」 「まさか。ささやかな売り上げでも商売は商売さ。それに、客が来なくても、小うるさい若人が三日に一度は来るしね」 「小うるさくてー悪かったですねー。なーグラオ、賑やかな方が楽しいよなー?」  腕の中で気持ちよさそうに撫でられていたグラオに声をかけると、ぐるぐると愛おしい喉を鳴らしてから甘く鳴く。にゃーん、という鳴き声に、苦笑するのは丹羽さんだ。 「グラオはすっかりユウヒの虜だねぇ……あんまり人間の雄にかまけていると、そのうちヴァルツに嫉妬されるよ」 「え。グラオとヴァルツって夫婦的な感じなの?」 「まあ、厳密には番いじゃないけども、グラオを拾ってきたのはヴァルツだからね。夫婦というか、親友の様なものじゃないかな。大事な友達が、他の人に取られてしまったら、人間だって嫉妬するだろう?」  それは確かにそうかもしれない。グラオはすっかり俺と仲良しで、にゃんにゃんと声をあげながら足元をうろつくようになったけれど、黒犬のヴァルツは相変わらず静かに部屋の隅から眺めるだけだ。それでも、隣の部屋に逃げ込まなくなったのは稀なことらしい。  確かにさっき女子たちがなだれ込んできた時、ヴァルツは真っ先に姿をくらました。俺は彼女たちを威嚇するグラオをなだめる事に必死だったので、気が付いたらヴァルツは居なくなっていた状態だ。吠えないし、本当に静かな犬だ。  丹羽さんは、うっすらと色がついた牛乳を茶こしのようなものを通しながら、陶器のカップに注いでいく。何を作っているのかはわからなかったが、その段階で初めてその液体が俺の為のものだということに気がついた。  青緑の手作り感溢れる陶器のマグカップは、最初にこの家で飲んだローズヒップティーが注がれていたものだ。あの日から俺のお茶は、こいつに注がれるようになった。  丹羽さんは多分自分用に、やっぱりいつもの背の高い陶器の湯のみのようなカップに同じものを注いだ。 「……なんすか、これ」 「何って、ずっとそこで見ていたじゃないか」 「いや、なんか、俺の知らない菓子でもつくってんのかなーって思って。そしたら飲み物だった」 「カモミールのミルクティーだよ。さっきあの子たちに出してあげたものと一緒。そう言えば、アタシはおまえさんにストレートばかり出していたなぁと思い立ってね。いつもの赤いお茶だと、スコーンにはちょっと強すぎる」  いつの間にかオーブントースターに入っていたスコーンを取り出して、さっとジャムを添える。丹羽さんの動作はどれも妙にスマートで、特別てきぱきしているように見えないのに無駄がなかった。  本当に独特のリズムで生きている人だ。この家に来ると、どうも、時間と言う概念を忘れそうになる。 「ほら猫を置いて手を洗って。グラオはちょいとヴァルツの機嫌でも取っておいで。おまえさん、今日は時間平気なんだろう?」 「え、ああ、はい。今日はペンションに宿泊予約入って無いんで休日扱いっす。日暮れまでに帰ればいいし」 「そら良かった。時間を気にしながら飲むお茶は、どうも気がそぞろになっていけないからね」  それはなんとなくわかる。急いでいるときはどうしても、思考がそっちを向いていて、五感も鈍くなるような気がした。まだ俺は、静かな田舎の良さがよくわかってないけれど、音のないまったりした空間で取る午後の休息は、まあ、わるくないよな、とは思う。  丹羽さんの淹れてくれるお茶はいつも聞いたこともないようなもので、一々目を引くし、かなり癖があるものも多くて面白い。  一口飲んで、あーこれ苦手な味だなと思っても、そこに蜂蜜やジャムやラム酒を数滴たらすだけで、魔法のように飲みやすくなったりする。それもまたおもしろくて、ただ美味しいお茶を飲むというだけじゃなく、スリリングで面白い遊びの様な感覚もあった。  ついでに一緒に出される菓子もうまい。  手を合わせてミルクティーを一口飲むとふんわりとした甘い香りが広がる。ほろりと崩れるスコーンが、甘いミルクティーに合う。 「ミルクティーって、お茶に牛乳混ぜて作るんじゃないんすね……」  いつもの奥のテーブルで、いつものように向かいに座った丹羽さんに尋ねると、少し行儀悪く頬杖をついたまま目を細める。 「まあ、濃い目に出してミルクを混ぜても、それはミルクティーだけどねぇ。アタシはゆっくり煮だした方が好きなだけ。鍋でことこと、煮ている時間もなんとなく楽しい」 「料理好きな人の台詞っすよ。俺なんか、やっぱ混ぜるだけの方が簡単じゃんって思っちゃうし。あーでも、うーん……一度これ飲んだら、やっぱり丹羽さんのミルクティーがいいなって、なっちゃうんだろうなー」  ローズヒップティーなんか、その最たるものだ。  結構気に入ったから自腹で購入してみたんだけど、どうも丹羽さんが入れるお茶の味にならない。葉は一緒なのに、本当に不思議だ。どうしてもうまくいかないから、結局買った葉をもちこんで丹羽さんに淹れてもらっていた。  甘いミルクティーも、なんとなくそうなりそうな予感がする。なんだか餌付されているような気がしないでもないが、むしろ勝手に通っているのは俺の方で、丹羽さんはきっとヴァルツとグラオと同じように、懐いてきたペットに餌を振る舞っているような気分なのだろう。 「そういやさっき、何占ってたんですか?」  スコーンを齧りながら、このベリージャムもきっと手作りなんだろうなーなんて考えつつ、なんとなしに訊いたら丹羽さんは首を傾げる。さらりと、今日も奇麗な赤い髪が揺れる。 「うん? さっきの子達の話かい?」 「うん。なんか、手相見てきゃっきゃしてたから。そういや丹羽さんって手相占い出来るんでしたっけって、思い出して」 「タロットもできなくはないけどね、結局ああいうものは言葉の選び方のお話だからねぇ……本当に未来が見えたりとかは、しないもんさ。まあ手相の場合は、それなりにきちんとガイドラインがあるわけだから、運任せのタロットよりは簡単だけどね」 「へー。俺そういや占いとかやったことないんすよね。いやまあ、世の男子のほとんどは、そんなもんじゃないかなって思いますけど」 「試してみるかい?」  え、と思っているうちに手を取られて、くるりと手のひらを上に向けられる。  ……丹羽さんの手、なんかさらさらしてる。じゃなくて。 「え、いや、なんか、寿命とかわかっちゃう感じっすかこれ。俺そういうのはあんまり聞きたくないタイプ……」 「死に際なんぞわかりゃしないよ素人の遊び程度なんだから。良いかい占いなんてね、予言とは違うんだよ。なんとなく気持ちのいい言葉を選ぶ遊びさ。……おや、寵愛線が交差してるね。良縁があるらしい」 「まじっすか。そんなんわかるの?」 「まぁ、そう言われていると言うだけだから、話半分が良いと思うけどね。……二十五歳か六歳で、転機がある……かもしれない」 「……なんか微妙に自信ないっすね」 「男の手を見るのは初めてなんだよ。ここで占いなんてしていくのは女性ばかりだから、勝手が違うのさ」  確かに、男はこの店に用事はないかもしれない。  料理に使う香草と、お茶用のハーブと、石鹸とオイルと、小さい香水も扱っているらしいが、全部普段の俺の生活には関係ないものだ。御近所で職場がお得意さんという縁がなければ、通い始める事もなかっただろう。  目を細めた丹羽さんは、俺の手の上の線を確かめるように人差し指でなぞっていく。それがくすぐったくて、思わず首がすくんだ。 「ちょ、丹羽さ、くすぐった……」 「お待ちよ、コレが運命線だろう? そうするとこの線が……こら、動くんじゃありませんよ」 「だって痒いんすもん……!」 「堪え性が無いねぇ全く……。おまえさんあれだろう、わき腹をつつかれるのも駄目なタイプだろう」 「わき腹は世界人類みんな弱点でしょ」 「その自信は一体どこからでてくるんだい。まったくおかしな子だね」  くすくすと笑って、丹羽さんは手相読みを再開する。あ、離してくれないんだ。……丹羽さんに触られる機会なんてあんまりないから、なんかちょっと変な気分だ。  丹羽さんとの付き合いは二年目で、すっかり知り合いの様な友人手前の様な感じだけど、わからない事は沢山放置したままだ。  例えば本名とか。例えば両親とか家族はどうしてるのかとか。例えば女装が好きなだけなのか、それとも、男性が好きなのかとか。  なんとなく、ゲイなのかな、と思ってきている。女の人に対する態度がものすごくフラットというか、気兼ねない。いやまあ、男に対しての態度っておれ以外の事例がないから、もしかしたら男にもすべからくフラットなのかもしれないけど。  でも、なんかこう、気のせいじゃないなら、若干俺気に入られているような。感じが、しなくもない。そして俺はその微妙な変化が、ちょっとだけ嬉しいような気がしているから。丹羽さんの恋愛嗜好って奴は結構大事な問題ではあった。  冬しか来ない雪まみれの小さな町のペンション仕事で、森の中の魔女めいた男に惚れたかもしれないなんて、なんかもうどっからつっこんでいいのか自分でもわからない。  でも今日来客があるって言うからじゃあ帰りましょうかって言った時に、ちょっとだけ空いた間とか、その後に取ってつけたように言いつけられた用事とか、思い出したようにグラオを呼びつけて俺の相手させたりとか。そういうのがじわじわと、俺の予想を確信に近づける。  好きな人とはゆっくりと一緒に居たい。だから俺は垣根の上のカラスに通うし、丹羽さんが出してくれるお茶をゆっくりと飲む。なんだかんだと話をしてくれつつ同じようにお茶を飲む丹羽さんも、そうだったらいいんだけど。  嫌われていないことはわかるけれど、丹羽さんは相変わらず柔らかい感情ばかりを零す人なので、俺程度の若造では気持ちを正確に読み取ることはできなかった。 「……これは何線かね。まったく、男の手はわからないねぇ……」  こしょこしょと俺の手の上を、丹羽さんの骨っぽい長い指が行ったり来たりする。それを痒いとかくすぐったいとか言いつつも、触れる低い体温に意識が取られてしまう。  過疎化進んだ町でも、女子高生や若い女性はわりと居る。商店街の主婦やらパートさんやらも、ちょこちょこ顔を覚えてきた。周りに女性が居ないこともない。それなのに俺は、湖畔に住むこの不思議な人に、着々とほだされていく。  勝手に懐いてるだけなんだけど、丹羽さんにとってそれが迷惑なことなのか、してやったりなことなのか、不可抗力なのか、どれなのか。それがわからないのがもどかしい。 「あれ。……おまえさん、生命線短くないかい……?」 「え!? ちょ、なんすかそれ怖いやめてくださいよ……!」  思わず手を引き抜くと、あははと笑われて、からかわれていた事に気がついた。  雪かきにもようやく慣れてきた二年目は、丹羽さんに踊らされてばかりの冬だった。

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