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忍はここいらで有名な不良だったりする。
曰く、五十人を優に超える人数を相手に一人で果敢に戦い勝利しただの。
曰く、忍の元に集まった人が族を形成し、忍は彼らの申し入れを受け入れ族長に収まっているだの。
曰く、忍には教師すら逆らえず、逆らった者は教師であろうが生徒であろうが容赦しないだの。
とにかく、碌な噂はなかった。
「う~~」
そんな噂話と彼の泣き声が響き渡る教室で、彼が担任から離れ忍へ向かって歩き出した。
教室側に視線を向けていれば嫌でも誰かと目が合う。なので窓の外へ向けていた視線を近づいてきた唸り声に顔を向けると、涙でぐしゃぐしゃになった彼は、忍に向かい頭を下げた。
「こ、ここまで、連れてきてくれてっ……あり、がと、ざいますっ」
「あ、ああ」
「忍、くん? がいなかったら、教室、入れなかったです。危うく迷子のお知らせをされるところでした」
「それは……」
場所が違うんじゃないか?
というか、年齢も違うんじゃないか?
という疑問は脇に追いやり、忍はただ頷いた。
「礼はいい、それよりも座ったらどうだ」
「あ、はい」
時間が経ち、漸く涙は引っ込んでくれたようだ。忍の前の席の椅子を引き、大人しくそこへ腰を落ち着かせる。
彼は、今まで遅刻をした事がなかったのだろう。
初めての遅刻、それも高校生活初日だ。緊張が高まり、また周囲にいるのは知らない人ばかり。そんな連中から注目を浴び、高まった緊張の糸が切れ、涙に変わったのだろう。
今もまだ時折小さくしゃくりあげる声が聞こえてくるが、先程までの煩さはない。
担任も彼が席に着いた事で調子を取り戻し、生徒の自己紹介を再開させた。
廊下側から順当に始まったであろうそれは、今は真ん中くらいだ。何を言うかは決まっていないが、適当に流してしまえば良いだろう。
(それにしても)
自己紹介が再開されたからといって、こちらへの視線がなくなったかといえばそうではない。
未だに彼と忍へ視線を向けている者は居り、忍に対しては先ほど彼が弁明じみた行動を取ってくれたとはいえ尚疑り深い視線が付きまとう。
きっと、この前の席になった少年はこれからこの学校で注目を浴びる生徒となるだろう。
そんな人物と付き合った所で碌なことは無い。今回のように誤解され、噂が独り歩きする未来が容易く目に見える。
なので、例え席が近くても極力関わってはいけない。
彼が困っていても、もう手は差し伸べない。
そう、例え――。
「ぼ、お、オレは、春野蓮って言います! 〇〇中出身の、や、ヤンキー、です!」
なんて意味不明な事を言った後、チラリとこちらを見て可愛らしく微笑みを浮かべたとしても。
もう、関わらない。
そう決めたのだ。
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