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「何で、って、パンがないと昼飯ねえからな」 「僕、今日は早起きして忍くんの分まで作って来たんですよ!?」 「んなの、知らねえし」 「そりゃ、はっきり言わなかった僕が悪いのかもしれないけど……こんなの、あんまりです」  余程ショックを受けたのか、蓮は一人称を元々だろう『僕』にしてこうべを垂れる。  垂れた耳が見える蓮を前に、ここが教室でなくて良かったと密かに安堵の息を吐いた。  教室だったら忍へ『どうにかしろ』という視線が付き纏いそうだし、何より蓮からの弁当、言動から察するに蓮自身が作ったらしい弁当を差し出されるなんて、周りからの視線が痛くて机を殴ってしまいそうになる。 「はぁ」  しばらく様子を見守っても耳が垂れたまま微動だにしない蓮を見て、諦めたように今度ははっきりとため息を零した。そしてパンを側に避けると、「ほら」と手で蓮が持っている弁当を指さす。 「良いんですか!?」  すぐに意図を察しパアっと顔を輝かせた蓮は、いそいそと弁当を広げ始めた。  もしやわざとでは? と思う程に切り替えの早い蓮に冷たい視線を送るものの、その視線に蓮が気付くことはない。 「忍くん、いっつも購買なので腹に溜まらないと思ってたんです。……何が好きか分からないので作りすぎたんですけど、何が食べたいですか?」 「これ、全部一人で作ったのか?」 「はい。残したとしても大丈夫ですよ、今日の夕飯に回すので」  重箱のような二段の弁当箱にちまちまと様々なおかずが入っているのを見て、忍は目を瞬かせた。  いつも弁当を持参している蓮は、親の愛情がたっぷりと詰まっていそうな手作り弁当を持ってきていた。蓮に言われるままにいくつかのおかずを食べたことがあったが、しっかりとした味付けはもう少し食べてみたいと思わせたのも事実だ。  愛されているなと見ていたそれが、まさか自分で作られていたとは思うまい。 「お前、って……もしかして、一人暮らし?」 「そうですよ?」 「……この学校、確か寮あったよな?」 「入れなかったんです。定員オーバーで」  ご丁寧にも用意されている取り皿に勝手に取り分け、蓮は何でもないようにそう言った。 「忍くんが好きそうなのを分けましたが……嫌いな物、ないですか?」 「……ねぇ」 「それは良かったです」  ふんわりと笑いつつ、自分の分を取り分ける。  何だか雰囲気が重くなってしまった。いつもの明るい笑顔の中に踏み込めない領域を感じ、忍は口を噤んだ。  間を取り持つように皿に乗っている唐揚げを一口で食べて、伺うような視線に「うまい」と呟く。

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