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桃陽・6
「桃陽、誕生日おめでとう!」
午後七時。
俺は店が用意した白いスーツを着て花束を渡され、主役席の中央テーブルにちょこんと座った。カラフルなフルーツの盛り合わせと巨大な長方形のショートケーキが目の前に置かれている。
「ありがとう、みんな!」
十九本のろうそくを吹き消すと、周りを取り囲んでいたボーイ達やスタッフ、そして大勢の客から拍手と歓声が巻き起こった。
いつもは指名を受けてテーブルからテーブルへ大移動する俺だけど、今日はずっとこの椅子に座っていられる。俺の隣は二~三十分での予約制だ。
「桃陽、おめでとう」
「あっ、吉崎さん来てくれたんだ! うれしい!」
常連客の一人を熱っぽく見つめて、肩にしなだれる。今では椅子の両端にプレゼントが山のように積まれていて、それでも場所が足りないため床にまで侵食していた。俺はまるで王様になったような気分で、次から次へやって来る客に愛嬌を振り撒いた。
シャンパンや高いワインが瞬く間に空になってゆく。未成年である俺はそれらを口にすることはできないが、俺の肩を抱きながら楽しそうに酒を飲む男達を見ているだけで満足だった。
「桃陽」
たった今接客し終わった客が席を離れた隙に、黒服のスタッフが床に膝をついて俺に耳打ちした。
「同室希望のお客様が来てるけど、どうする?」
「えっ?」
同室。プレイをする、という意味だ。いつもなら他に予約が無ければ一も二もなく承諾するが、今日は事情が違う。誕生日を祝ってもらっているのに、主役がいなくなる訳にはいかない。
「今日は駄目だろ。お断りして、別の日に予約してもらってよ」
声を潜めてスタッフに言うと、彼は唇の端を弛めて笑った。
「そうしようと思ったんだけど、連れのお客さんが桃陽好みの若いお兄ちゃんだったからさ、一応訊いておこうと思って」
「マジで」
「マジマジで。キリッとしてて背が高くて、俳優みたいなイケメンだったよ」
「うー。どうしよう……」
「取り敢えず話だけでもしてみる? 奥のテーブルに座ってもらってるから、行ってくれば? 他のお客さんには上手く説明しとくからさ。まぁ、同室するにしても二時間が限度だな」
「分かった」
俺は椅子から腰を上げて、スタッフが顎で示したテーブルにゆっくりと向かって行った。テーブルを挟んで向かい合う形で、ソファに二人の男が座っている。
「あっ」
こっちから見て奥の席――つまり、顔をこちらに向けて座っている男の方には見覚えがあった。確か、二週間ほど前に俺を予約してくれた客だ。ゲイ向けのアダルト動画サイトを運営しているとか言ってたっけ。そうだ、それで俺も出てみないかって誘われたんだ。胡散臭かったから、話半分で聞いていたけど……。
「お待たせしました、桃陽です。今日はどうもありがとう!」
にこやかに微笑みながらテーブルの横に立つと、奥の席の男がパッと顔を輝かせた。
「桃陽! また会いに来たよ。こないだの話、まだ途中だったからさ」
「動画サイトのモデルの話でしたっけ。俺、根性ないし無理ですよ」
手をヒラヒラと振りながら、手前側のソファに座っていた男になんとなく視線を落とした、その時――。
「っ……」
俺は思わず喉を鳴らして息を飲んだ。
恐らく彼がスタッフの言っていた「俺好みの若い男」だろう。本当にその通りだった。仏頂面で座っている彼は、完璧すぎるほどに完璧だった。顔の造りも、スタイルも。
手に汗が滲んでくる。
「彼はさ、俺達の会社でモデルとして出演してくれてる雀夜 っていうんだ」
奥側の男が自分の正面に座った彼を指さして説明した。
「いい男だろ?」
「サクヤさんですか。やばいくらいかっこいいですね、俺のタイプかも」
すんでのところでキャラを持ち直し、俺は奥側の男の隣に座って正面の彼に愛想良く笑いかけた。が、彼は俺を一瞥しただけでニコリともしない。
「今日はどうしても桃陽をウチに来させたくってさ。雀夜に説得してもらおうと思って、連れてきたんだ。――あ、俺の名前は義次 。よろしくね」
そう言って、名刺を手渡される。『東京ブレインコミュニケーションズ・撮影アシスタント 相田義次』。意外にもちゃんとした会社らしい。
「ヨシツグさんかぁ……。こないだは予約してくれてありがとう」
「雀夜も名刺持ってきただろ?」
「………」
無言のまま差し出された名刺を受け取る。『雀夜』。壮大な羽を広げて美しさを誇示する孔雀を思わせるような名前。ホストの源氏名みたいだ。
俺は名刺を胸のポケットにしまい、水割りを作りながら言った。
「義次さん、そんなに俺のこと気に入ってくれたんですか?」
照れたように笑うと、義次さんはウンウン頷いて水割りのグラスに口を寄せた。
「もう一発で、――あ、この『一発』は第一印象って意味ね。この子だ、って思ったよ。その後本当に一発でKOされちゃったって訳。どうかな、桃陽。ウチで働いてみない?」
「どうしよっかな……。俺、この仕事も結構忙しいし」
「分かってる。でもさ、後悔はさせないよ。給料の面でも、その他諸々でも」
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