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初撮影・5

 数日後。 『期待の新人・桃陽〈モモハル〉十八歳! 応援よろしく!』。  グッと拳を握ってキメ顔を作った俺の画像が、ドンと「東京ブレイン」のサイトのトップページを飾っている。こうやってインターネットに自分が載るのを見ていると、本当にアイドルか何かになったような気がしてくるから不思議だ。 「桃陽」のページを開くと、長ったらしい自己紹介とスタッフからのコメント、そして客からのコメントが載っていた。 『桃陽くんの動画、超最高でした! これから応援します、頑張って!』『BMCにいた桃陽くんですよね? ずっとファンです、東京ブレインのメンバーになってくれてありがとう!』『桃陽かわいい!』『エッロい!』  あの動画の撮影以降に、何度か写真撮影をした時の画像も公開されている。俺一人で可愛らしくはしゃいだり、大人っぽくキメていたり、他のモデルとキスをしている姿や、軽く絡み合っている画像なんかの、何種類もの画像だ。 「うえぇ。俺、割と人気じゃん……」  事務所のパソコンを勝手に使わせてもらいながら、俺は嬉しさと恥ずかしさに顔を引き攣らせた。あのオナニー動画や俺の画像が、物凄い勢いでダウンロードされている。頭の中で電卓を叩いて給料の計算をしようと思ったけど、俺の脳味噌では容量が足りない。それほどの勢いだった。 「ふふ」  俺は雀夜のページに移動して、ニヤニヤしながら自己紹介の項目を読みふけった。 『一条雀夜 二十四歳 A型。好きなもの肉料理、嫌いなもの無し』 「嫌いなものが無いんじゃなくて、どうでもいいものばかりなんだろ……」  過去の画像のサムネイルや、数秒程度の動画サンプルだけは無料で見られるようになっている。俺は小さなサムネイルの中の、今と髪型の違う雀夜に目を凝らした。いつの時でも男前。こうなったら俺も会員登録して、雀夜の動画と画像をコンプリートしないと……。 「何笑ってんだ?」 「うわっ! ……ゆ、遊隆!」  背後からひょっこり現れた遊隆が、図々しくパソコンの画面を覗き込んできた。 「ああ、雀夜見てたのか。桃陽はマジで雀夜が好きなんだなぁ……」 「なんだよ、悪いの?」 「悪くねえけどさ。雀夜は無愛想なくせに客から人気あるんだよな」  隣の椅子に座った遊隆が、身を乗り出して画面の下の方を指差した。そこには雀夜のファンからのコメントが書かれている。 『いつも雀夜くんの更新を楽しみにしてます。会社から家に帰ったら真っ先にチェックしてます。』『もっともっとハードな動画お願いします!』『遊隆くんとの絡み良かったです。オラオラな雀夜が見れて満足』『雀夜様、抱いて!』  誰も彼も、とにかくべた褒めだ。そしてどいつもこいつもベタ惚れ。それだけ雀夜に魅力があるということは頭では分かってるんだけど、それでも無性に腹が立つ。 「こいつら全員俺のライバルか」  歯軋りする俺の横で遊隆が笑った。 「モデルが客と競い合ってどうすんだよ」 「まあ確かに、俺が競う相手は遊隆だもんな」 「え、俺っ?」 「そうだよ! だって今のところ遊隆は、俺から雀夜を奪った悪い奴って設定だし」 「勝手にそんな設定作られても困るんだけど」 「困っても何でも、遊隆が雀夜を独占してるうちは……痛っ!」  突然、上から拳骨が落ちてきた。頭を押さえて振り返った先には、 「さ、雀夜っ!」 「アホなこと言ってんじゃねえ」  目を細めて侮蔑の視線を俺に送っている雀夜を見た途端、殴られた痛みさえも心地好い刺激に変わってゆく。頭を撫でながらうっとりする俺を見て、遊隆が肩をすくめて苦笑した。 「雀夜、桃陽のこと何とかしてやれよ」 「どうにもならねえよ、こいつは」  素っ気なく顔を背ける雀夜に向かって、遊隆が説き付けるように人差し指を振りながら言った。 「桃陽みたいな美少年にここまで惚れられて、幸せ者だぞ雀夜は」 「………」  遊隆はいい奴だ。初めはとにかく嫉妬だけしか感じなかったけど、今はこうして冗談も言い合える仲になっている。優しいし、仲間思いで、人として好感が持てる。俺が雀夜に心底惚れてることも知っている。だから遊隆なりに気を遣っているのか、撮影以外では雀夜に触れもしない。それどころか逆に、雀夜と俺の仲をくっつけようと必死なのだ。  遊隆のことは俺も好きだ。  それなのに。 「雀夜、遊隆。準備できたか」 「あっ、今行くっす。じゃあ後でな、桃陽」 「うん。頑張って」  撮影部屋に入って行く二人。この瞬間だけ、遊隆のことが大嫌いになる。雀夜と裸になってキスをしたり見つめ合ったり、あの蕩けるような快感を与えてもらうんだと思うと、悔しくて苦しくて泣きそうになる。  遊隆はちっとも悪くないのに。これは仕事なんだと、とっくの昔に覚悟したはずなのに。 「………」  俺はデスクに身を伏せて、適当にマウスをいじった。 『雀夜と遊隆のコンビが一番好きです。この二人を抜けるカップルは現れないですよね!』  そうなんだろうか。この二人以上には、俺じゃあなれないんだろうか。

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