26 / 42
うまくいかない
それから五日後、いよいよ俺の動画撮影の日になった。
「好きなように乱れていい。思いっきりやれ」との命令を松岡さんから受け、俺は気を引き締めて今日という日を待っていた。撮影場所は本社ビルから三駅分離れたところにあるスタジオをレンタルしている。移動車に乗り込んだ俺は、今日一緒に撮影することになった二人のモデルに挨拶した。
「おはようございます、桃陽です。今日はよろしくお願いします!」
「こちらこそよろしく。俺はリョウ。こいつはタカシだ」
「リョウとタカシだね、覚えた!」
正直名前なんて呼ぶことはないだろうから、モデルA、Bで構わない。しかし二人とも地味だけど、それなりに顔は整っていた。年齢は俺よりもだいぶ上だろう。二十代後半といったところか。
スタジオに着いた俺は、始めにシャワーを浴び、髪型をセットしてもらってから衣装に着替えた。用意されていた衣装は……メイド服、らしき物。
「なにこれ……。俺、女装は嫌だって前に言ったはずなのに」
俺の呟きを聞いたスタイリストのスタッフが苦笑して、両手を顔の前で合わせた。
「ごめんね、桃陽くん可愛いから絶対似合うと思ってさ。でもほら、スカートじゃないから女装とは違うよ。一応男の子用だから短いけどちゃんとズボンになってるし。ひらひらだけどさ」
「うー、まぁいっか。こんな機会もそうそうないしね」
太股が剥き出しになる、ぴったりとした黒のショートパンツ、パフスリーブの白いブラウス、赤いネクタイ。更に頭にカチューシャ、そしてひらひらのエプロン。
「………」
俺は姿見に映った自分の格好を見て、危うく戻しそうになってしまった。
――今日はこの服にしような。玲司のために、わざわざ買ってきてやったんだぞ。可愛いだろ?
「っ……」
そうか。俺が女装に対してこんなに拒絶反応が出るのは、理由があったのか。妙に納得しながら、頭の中で「これは違う。女装じゃない」と自分に言い聞かせる。
その時。
「なんだ、今日はずいぶん可愛い格好してんじゃねえか」
ふと顔を上げると、姿見に映る俺の背後に雀夜が立っていた。
「雀夜っ」
即座に振り返り、もはや挨拶代わりとなっている抱き付き攻撃を繰り出す。雀夜はカチューシャを付けた俺の頭を軽く撫で、馬鹿にしたような笑みで「似合ってるぞ」と言ってくれた。
「雀夜、見に来てくれたの?」
「違う。俺も一時間後に隣のスタジオで撮影だ」
それでも、わざわざこうして俺に会いに来てくれたことに変わりはない。嬉しくて、俺はつま先立ちになって雀夜の胸に何度も頬ずりした。雀夜は素っ気なく俺を体ごと引き剥がし、少しだけ身を屈めて俺の耳元で囁いた。
「今日なら都合がつきそうだ。終わったら俺の部屋、来るか?」
「っ……!」
「あのファミレスで待ってろ。九時過ぎには迎えに行ける」
「雀夜っ……」
両手を広げて、もう一度抱き付こうとする――が、雀夜の右手が俺の顔面を掴んであっさりとそれを拒否されてしまった。
「うー!」
「焦るな。今は撮影だけに集中しろ」
「う、うん分かった。じゃあファミレスで待ってるから。朝まで一緒にいてくれる? 何回もしてくれる?」
「話を聞くんじゃなかったのかよ。……まぁいいわ、久し振りだし、好きなだけしてやるよ」
「ゴム三箱用意しといて!」
呆れ顔の雀夜を前に、俺は両手をきつく握りしめて嬉しさを噛みしめた。
撮影を目前にして、興奮剤を打たれたみたいに体が熱くなってくる。これはいい作品になりそうだ。やる気全開モードの火がついた。
「桃陽、そろそろ準備しろー」
スタッフの声を聞き、雀夜が「後でな」と言ってスタジオを出て行った。
「よろしくお願いしますっ!」
身に付けた衣装の愛らしさとは裏腹に、俺はメラメラと燃えていた。
これから俺の相手をする「二人のご主人様」に扮したリョウとタカシが、それぞれの位置につく。ソファと大きなベッド、赤い絨毯、絵画の飾られた綺麗な壁。立派だけど、よく見ると安っぽい造りの部屋。俺は横長のソファに座り、スタートの合図を今か今かと待った。
ライツ、カメラ……
「じゃあいくぞ。はい用意……」
松岡さんが片手をあげる。
「スタート!」
二人のご主人様がやってきて、俺の両隣に座った。
「桃陽、今日は仕事でまたやらかしたらしいな?」
右側に座ったタカシが下手な演技で言った。
「はい、またお皿を割ってしまいました……あと料理も失敗したし、掃除もまだやってません」
「駄目すぎるだろ」
左側のリョウが吹き出す。
「駄目すぎます。だからご主人様、……俺に罰を与えて下さい」
ともだちにシェアしよう!