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2- 本当に欲しいのは?(4)
「ただいま鈴」
玄関まで出迎えに来た鈴の喉をくすぐって、俺は家に戻った。
カフェで本に夢中になってしまって、思いのほか帰りが遅くなった。
とはいえまだ夕方だ。
「んなぅ」
鈴が足元にまつわりつく。口にはひもを咥えている。
「なんだ鈴、遊んでほしいのか?珍しいな。ちょっと待っててな」
手を洗って買い物した荷物を片付けると、鈴を抱き上げてソファの足元のラグの上に腰を下ろした。
鈴は白と黒の混ざった長毛の雑種だ。俺が学生の頃、ベランダに迷い込んできたのを見つけたのをきっかけに飼い始めた。
今ではかけがえのない存在だ。
もういい年のはずだが、病気もせず元気にしている。
ひもで遊ぶのが大好きで、たまにこうして遊びを強請る。
俺が揺らす紐の先を夢中になって追いかけまわす鈴を見ていると、俺は自然と笑顔になる。
わざと鈴が伸ばす前足の先、届くか届かないかというところでひもをくるくる回す。
ぱしっ、ぱしっ、と仰向けに寝転がった鈴が前足を打ち合わせる。
……急に鈴の動きが止まった。
素早く起き上がると、自動給餌機へ一直線に走っていった。餌の時間だ。
「おいおい、現金なやつだな。俺は用済みか?」
俺は苦笑するとひもをしまって、夕飯の支度を始めることにした。
◇ ◇ ◇
買ってきた本を読みふけっていたら、いつの間にか月曜になっていた。
俺はいつもよりも数時間早く家を出た。
先を越せるかどうかは運しだいだが、越せなくてもまあ、かまわないだろう。
混み合った電車で押しつぶされながら、会社の最寄り駅で電車を降りる。
こころなしか普段よりも空気が澄んでいる気がする。ま、気のせいか。
エレベーターもいつもより混んでいる。
俺は二度とこの時間に出社するまいと心に決めた。
いつものフロアに出ると、さすがに人は少なくなった。
事務室内もだいぶがらんとしている。
よし。神崎はまだ来ていない。
俺は部長に挨拶すると自席についた。
バッグから例の猫を取り出すと、神崎の机の端に並べてやる。
目的達成だ。
俺は満足するとPCを立ち上げて仕事を始めた。
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