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2- 本当に欲しいのは?(5)
30分ほどして、神崎が出社してきた。
「おはようございます!」
「おはよう」
相変わらずの笑顔に応えてやる。
バッグをいったん自席に置いた神崎は、外に出て行った。トイレか飲み物を買いに行ったのだろう。
しばらくして神崎が戻ってくる。こころなしか機嫌が良さそうだ。
席に着こうと椅子を引いて……気づいた。
「ま、槙野さん?」
「なんだ」
猫鍋を手のひらに乗せて、きらきらした笑顔を向けてくる。眩しい。
「この子、もしかして槙野さんが?」
「ああ。当たったから、やる」
「ありがとうございます!えー?くじ運いいですね」
「普通だと思っていたが……そうだな。一発だったからな」
「まじで!すげえ。俺なんて何回回したことか。可愛いなあ」
至極嬉しそうに笑っている。通勤列車に耐えてきたかいがあった……かもしれないな。
「あ、じゃあ代わりと言っちゃなんですが、これを」
神崎はPCの横に置いていた猫のぬいぐるみを差し出してきた。
「え、いいよ。気にするな」
「いえ!うちにも同じのがまだいますから」
神崎は強引にぬいぐるみを俺のディスプレイの下に置いた。
白黒のふわふわしたぶち猫で、見ようによっては鈴に似てなくもない。
まあ、もらっておくか。
「ありがとう」
「いえ!こちらこそ」
「ちょっとうちの飼い猫に似てる」
手を伸ばしてぬいぐるみを撫でると、思いのほか柔らかく鈴の毛並みと似ている。
「え!猫飼ってるんですか。いいなあ。今度写真見せてくださいね」
「そうだな。今度な」
残念ながら、事務室内では自前の携帯電話が使用禁止なのだ。
しばらくすると、ぞくぞくとメンバーが出勤してきた。
さすがに俺が先に来ていると、皆挨拶しにくる。
面白かったのが早野で、普段は早野が仕事中に俺が出勤するので、早野は微動だにしないのだが、今日は驚いたように少し頭を下げて挨拶してきた。
まあ、でも電車が辛いからやっぱり今日限りだな。
早く出社した分、早く帰ってやろうと思っていたが、神崎が頑張っているのを見ると帰りづらく、その日は結局いつも通りの時間に帰宅した。
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